<< 一、{午后}{ごご}の授業 「ではみなさんは、そういうふうに川だと{云}{い}われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に{吊}{つる}した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを{指}{さ}しながら、みんなに{問}{とい}をかけました。  カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。  ところが先生は早くもそれを{見附}{みつ}けたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」  ジョバンニは{勢}{いきおい}よく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた云いました。(後略) << 二、活版所  ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七八人は家へ帰らずカムパネルラをまん中にして校庭の{隅}{すみ}の{桜}{さくら}の木のところに集まっていました。それはこんやの星祭に青いあかりをこしらえて川へ流す{烏瓜}{からすうり}を取りに行く相談らしかったのです。  けれどもジョバンニは手を大きく{振}{ふ}ってどしどし学校の門を出て来ました。すると町の家々ではこんやの銀河の祭りにいちいの葉の玉をつるしたりひのきの{枝}{えだ}にあかりをつけたりいろいろ{仕度}{したく}をしているのでした。  家へは帰らずジョバンニが町を三つ曲ってある大きな活版処にはいってすぐ入口の計算台に居ただぶだぶの白いシャツを着た人におじぎをしてジョバンニは{靴}{くつ}をぬいで上りますと、{突}{つ}き当りの大きな{扉}{と}をあけました。中にはまだ昼なのに電燈がついてたくさんの輪転器がばたりばたりとまわり、きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん働いて{居}{お}りました。  ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い{卓子}{テーブル}に{座}{すわ}った人の所へ行っておじぎをしました。その人はしばらく{棚}{たな}をさがしてから、 「これだけ拾って行けるかね。」と云いながら、一枚の紙切れを{渡}{わた}しました。ジョバンニはその人の卓子の足もとから一つの小さな平たい{函}{はこ}をとりだして向うの電燈のたくさんついた、たてかけてある{壁}{かべ}の隅の所へしゃがみ{込}{こ}むと小さなピンセットでまるで{粟粒}{あわつぶ}ぐらいの活字を次から次と拾いはじめました。青い胸あてをした人がジョバンニのうしろを通りながら、 「よう、虫めがね君、お早う。」と云いますと、近くの四五人の人たちが声もたてずこっちも向かずに冷くわらいました。(後略) << 三、家  ジョバンニが{勢}{いきおい}よく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側には空箱に{紫}{むらさき}いろのケールやアスパラガスが植えてあって小さな二つの窓には{日覆}{ひおお}いが下りたままになっていました。 「お{母}{っか}さん。いま帰ったよ。{工合}{ぐあい}悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。 「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は{涼}{すず}しくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」  ジョバンニは{玄関}{げんかん}を上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の{室}{へや}に白い{巾}{きれ}を{被}{かぶ}って{寝}{やす}んでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。 「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」(後略) << 四、ケンタウル祭の夜  ジョバンニは、口笛を吹いているようなさびしい口付きで、{檜}{ひのき}のまっ黒にならんだ町の坂を下りて来たのでした。  坂の下に大きな一つの街燈が、青白く立派に光って立っていました。ジョバンニが、どんどん電燈の方へ下りて行きますと、いままでばけもののように、長くぼんやり、うしろへ引いていたジョバンニの{影}{かげ}ぼうしは、だんだん{濃}{こ}く黒くはっきりなって、足をあげたり手を{振}{ふ}ったり、ジョバンニの横の方へまわって来るのでした。 (ぼくは立派な機関車だ。ここは{勾配}{こうばい}だから速いぞ。ぼくはいまその電燈を通り{越}{こ}す。そうら、こんどはぼくの影法師はコムパスだ。あんなにくるっとまわって、前の方へ来た。) とジョバンニが思いながら、{大股}{おおまた}にその街燈の下を通り過ぎたとき、いきなりひるまのザネリが、新らしいえりの{尖}{とが}ったシャツを着て電燈の向う側の暗い{小路}{こうじ}から出て来て、ひらっとジョバンニとすれちがいました。 「ザネリ、烏瓜ながしに行くの。」ジョバンニがまだそう云ってしまわないうちに、 「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ。」その子が投げつけるようにうしろから{叫}{さけ}びました。(後略) << 五、{天気輪}{てんきりん}の柱  牧場のうしろはゆるい丘になって、その黒い平らな頂上は、北の{大熊星}{おおぐまぼし}の下に、ぼんやりふだんよりも低く連って見えました。  ジョバンニは、もう露の降りかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼって行きました。まっくらな草や、いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を、その小さなみちが、一すじ白く星あかりに照らしだされてあったのです。草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、ある葉は青くすかし出され、ジョバンニは、さっきみんなの持って行った{烏瓜}{からすうり}のあかりのようだとも思いました。  そのまっ黒な、松や{楢}{なら}の林を{越}{こ}えると、{俄}{にわ}かにがらんと空がひらけて、{天}{あま}の{川}{がわ}がしらしらと南から北へ{亘}{わた}っているのが見え、また{頂}{いただき}の、天気輪の柱も見わけられたのでした。つりがねそうか野ぎくかの花が、そこらいちめんに、{夢}{ゆめ}の中からでも{薫}{かお}りだしたというように咲き、鳥が一{疋}{ぴき}、丘の上を鳴き続けながら通って行きました。  ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。  町の灯は、{暗}{やみ}の中をまるで海の底のお宮のけしきのようにともり、子供らの歌う声や口笛、きれぎれの{叫}{さけ}び声もかすかに聞えて来るのでした。風が遠くで鳴り、丘の草もしずかにそよぎ、ジョバンニの{汗}{あせ}でぬれたシャツもつめたく冷されました。ジョバンニは町のはずれから遠く黒くひろがった野原を見わたしました。(後略) << 六、銀河ステーション  そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく{蛍}{ほたる}のように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、{濃}{こ}い{鋼青}{こうせい}のそらの野原にたちました。いま新らしく{灼}{や}いたばかりの青い{鋼}{はがね}の板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。  するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと{云}{い}う声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の{蛍烏賊}{ほたるいか}の火を一ぺんに化石させて、そら中に{沈}{しず}めたという{工合}{ぐあい}、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと{穫}{と}れないふりをして、かくして置いた{金剛石}{こんごうせき}を、{誰}{たれ}かがいきなりひっくりかえして、ばら{撒}{ま}いたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を{擦}{こす}ってしまいました。  気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら{座}{すわ}っていたのです。車室の中は、青い{天蚕絨}{びろうど}を張った{腰掛}{こしか}けが、まるでがら明きで、向うの{鼠}{ねずみ}いろのワニスを塗った{壁}{かべ}には、{真鍮}{しんちゅう}の大きなぼたんが二つ光っているのでした。  すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの{肩}{かた}のあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。  それはカムパネルラだったのです。(後略) << 七、北十字とプリオシン海岸 「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」  いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、{急}{せ}きこんで{云}{い}いました。  ジョバンニは、 (ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える{橙}{だいだい}いろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに{幸}{さいわい}になるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。(後略) << 八、鳥を{捕}{と}る人 「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。  それは、茶いろの少しぼろぼろの{外套}{がいとう}を着て、白い{巾}{きれ}でつつんだ荷物を、二つに分けて肩に{掛}{か}けた、{赤髯}{あかひげ}のせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて{挨拶}{あいさつ}しました。その人は、ひげの中でかすかに{微笑}{わら}いながら荷物をゆっくり{網棚}{あみだな}にのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、{硝子}{ガラス}の{笛}{ふえ}のようなものが鳴りました。汽車はもう、しずかにうごいていたのです。カムパネルラは、車室の{天井}{てんじょう}を、あちこち見ていました。その一つのあかりに黒い{甲虫}{かぶとむし}がとまってその影が大きく天井にうつっていたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしそうにわらいながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ていました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かわるがわる窓の外から光りました。  赤ひげの人が、少しおずおずしながら、二人に{訊}{き}きました。(後略) << 九、ジョバンニの{切符}{きっぷ} 「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所です。」  窓の外の、まるで花火でいっぱいのような、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四{棟}{むね}ばかり立って、その一つの平屋根の上に、{眼}{め}もさめるような、{青宝玉}{サファイア}と{黄玉}{トパース}の大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。黄いろのがだんだん向うへまわって行って、青い小さいのがこっちへ進んで来、間もなく二つのはじは、重なり合って、きれいな緑いろの両面{凸}{とつ}レンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すっかりトパースの正面に来ましたので、緑の中心と黄いろな明るい{環}{わ}とができました。それがまただんだん横へ{外}{そ}れて、前のレンズの形を逆に{繰}{く}り返し、とうとうすっとはなれて、サファイアは向うへめぐり、黄いろのはこっちへ進み、また丁度さっきのような風になりました。銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、ほんとうにその黒い測候所が、{睡}{ねむ}っているように、しずかによこたわったのです。 「あれは、水の速さをはかる器械です。水も{……。」鳥捕}{とりと}りが云いかけたとき、 「切符を拝見いたします。」三人の席の横に、赤い{帽子}{ぼうし}をかぶったせいの高い{車掌}{しゃしょう}が、いつかまっすぐに立っていて云いました。鳥捕りは、だまってかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちょっと見て、すぐ眼をそらして、(あなた方のは?)というように、指をうごかしながら、手をジョバンニたちの方へ出しました。 「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな{鼠}{ねずみ}いろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな{畳}{たた}んだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って{叮寧}{ていねい}にそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。(後略) <<  ごとごとごとごと汽車はきらびやかな{燐光}{りんこう}の川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで{幻燈}{げんとう}のようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした{狼煙}{のろし}のようなものが、かわるがわるきれいな{桔梗}{ききょう}いろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった{奇麗}{きれい}な風は、ばらの{匂}{におい}でいっぱいでした。 「いかがですか。こういう{苹果}{りんご}はおはじめてでしょう。」向うの席の燈台看守がいつか{黄金}{きん}と紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないように両手で{膝}{ひざ}の上にかかえていました。 「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。ここらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんとうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかかえられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめていました。 「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」  青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。(後略) <<  川の向う岸が{俄}{にわ}かに赤くなりました。{楊}{やなぎ}の木や何かもまっ黒にすかし出され見えない天の川の波もときどきちらちら針のように赤く光りました。まったく向う岸の野原に大きなまっ赤な火が燃されその黒いけむりは高く{桔梗}{ききょう}いろのつめたそうな天をも{焦}{こ}がしそうでした。ルビーよりも赤くすきとおりリチウムよりもうつくしく{酔}{よ}ったようになってその火は燃えているのでした。 「あれは何の火だろう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。」ジョバンニが{云}{い}いました。 「{蝎}{さそり}の火だな。」カムパネルラが{又}{また}地図と首っ引きして答えました。 「あら、蝎の火のことならあたし知ってるわ。」 「蝎の火ってなんだい。」ジョバンニがききました。(後略) << 「ボール投げなら{僕}{ぼく}決してはずさない。」  男の子が{大威張}{おおいば}りで云いました。 「もうじきサウザンクロスです。おりる{支度}{したく}をして下さい。」青年がみんなに云いました。 「僕も少し汽車へ乗ってるんだよ。」男の子が云いました。カムパネルラのとなりの女の子はそわそわ立って支度をはじめましたけれどもやっぱりジョバンニたちとわかれたくないようなようすでした。 「ここでおりなけぁいけないのです。」青年はきちっと口を結んで男の子を見おろしながら云いました。(後略)  そのときすうっと霧がはれかかりました。どこかへ行く街道らしく小さな電燈の一列についた通りがありました。それはしばらく線路に沿って進んでいました。そして二人がそのあかしの前を通って行くときはその小さな豆いろの火はちょうど{挨拶}{あいさつ}でもするようにぽかっと消え二人が過ぎて行くときまた{点}{つ}くのでした。  ふりかえって見るとさっきの十字架はすっかり小さくなってしまいほんとうにもうそのまま胸にも{吊}{つる}されそうになり、さっきの女の子や青年たちがその前の白い{渚}{なぎさ}にまだひざまずいているのかそれともどこか方角もわからないその天上へ行ったのかぼんやりして見分けられませんでした。  ジョバンニはああと深く息しました。 「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの{幸}{さいわい}のためならば僕のからだなんか百ぺん{灼}{や}いてもかまわない。」 「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな{涙}{なみだ}がうかんでいました。 <<  ジョバンニは眼をひらきました。もとの{丘}{おか}の草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく{熱}{ほて}り{頬}{ほほ}にはつめたい涙がながれていました。  ジョバンニはばねのようにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を{綴}{つづ}ってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。そしてたったいま{夢}{ゆめ}であるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では{殊}{こと}にけむったようになってその右には{蠍座}{さそりざ}の赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。  ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待っているお母さんのことが胸いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い{松}{まつ}の林の中を通ってそれからほの白い牧場の{柵}{さく}をまわってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの{樽}{たる}を二つ乗っけて置いてありました。 「今晩は、」ジョバンニは叫びました。 「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。(後略) 「あなたのお父さんはもう帰っていますか。」博士は{堅}{かた}く時計を{握}{にぎ}ったまままたききました。 「いいえ。」ジョバンニはかすかに頭をふりました。 「どうしたのかなあ。ぼくには{一昨日}{おととい}大へん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が{遅}{おく}れたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいね。」  そう云いながら博士はまた川下の銀河のいっぱいにうつった方へじっと眼を送りました。  ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいでなんにも云えずに博士の前をはなれて早くお母さんに牛乳を持って行ってお父さんの帰ることを知らせようと思うともう一目散に河原を街の方へ走りました。