ケイがゆく! 一話 - ケイ、起動 -

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 初夏の柔らかい日差しが差し込む部屋。窓を少し開けた隙間から入ってくる爽やかな風が、カーテンをそよがせます。僕は床に正座するような格好で座っています。

 僕の膝枕で眠っているのは一糸纏わぬ姿の可愛い女の子。穢れを知らない白い柔肌、少し膨らんだ胸。華奢な体つき。足はスラリと綺麗に伸びています。

 静かに閉じている瞳。小さい鼻、シャープな輪郭。完璧すぎて人形のように整った顔。僕の膝の上で彼女の髪がクシュクシュと絡んでいます。その髪も指どおりはまさに女性そのものの細く柔らかい髪です。

 今、まさに女性と言いました。えっ? 言ってないって? 言いましたよ。ちゃんと聞いてくださいよ。

 でこの子、実は女性ではないんです。かといって男でもありません。じゃあ何なのかというと、……まぁそれは追々話していきます。

 自己紹介が遅れてしまいました。僕の名前は千石タカシって言います。某国立大で工学を学んでいた身です。……成績はあまり良くありませでしたけど。

 今は就職して、通信機器開発に携わる会社で組み込みエンジニアをしています。パッと頭に浮かばない人が多いと思いますが、簡単に言うとブルートゥース通信とかの電子機器を作っている。そんな感じでしょうか。入社してまだ二年目、新人なので大きなことは出来ません。でもやりがいがあって、とても充実しています。

 なんかネクラっぽいって? こんなネクラが日本の将来を支えているんですっ!

 趣味も電子工作だったので、自分にとっては天職です。これだけだと湿っぽいと思われそうですが、僕はそれなりにスポーツもやってます。近所にジムがあるのでそこに通っているだけですけど。(もちろん美人のトレーナーがいるとかそういう理由ではありません。……決して!)

 せっかく、お近づきになれたのですからもっと僕のことについて知ってもらいたいですが、皆さんは僕の膝の上でスヤスヤと眠っている、麗しき美少女の裸体のほうにしか興味がなさそうなのでこれくらいにしておきます。

 ショートヘアが可愛いこの子の名前はケイって言います。

 この子は僕の妹でも恋人でも……、もっというと知り合いでもないです。もちろん僕が連れ込んだ訳もないです。言っておきますが、「いくらでかったの?」っていう質問は受け付けません。もちろん「ファーストフードの食べすぎで起こる日本人の症状なんでしょ」とか、どこかの新聞社の海外向けサイトに書かれたとんでもない記事みたいな話ではないことを言っておきます。

 では、なんなのかというと、この子はいわゆるヒューマノイドなんです。オリエ○ト工業の製品ではありませんよ。信じてもらえないと思いますが。……というか、僕も実際信じられませんでした。

 ケイは、僕が教わっていた丸津教授が作ったものです。恩師である教授は、今は大学をやめイスラエルでヒューマノイドの研究をしています。何か事情があって僕に預けたらしいのです。

 連絡があったとき、遠くではガラスが割れる音がし、劈けるような女性の叫び声が聞こえていました。教授は「今はとてもじゃないけど話せるような状況じゃない。悪いが君に預けたいものがある」と必死の形相で伝えられました。そして後日、大きなカプセルに入って届けられたのがケイだったんです。

 それから、同封の解説書の通りに二週間かけ、自分の脳波のサンプリングから様々なコードの打ち込みなど準備をしてきました。そして今からケイの起動をしようと思っています。

 昨日からの最後の調整は徹夜でした。だから早く寝たいです。徹夜は仕事で何回か経験しているのですがやっぱり辛いですね。

 起動方法ですが、教授らしいスケベ……いや、ロマンティックな起動方法でちょっと戸惑っています。

 単純に言うとキスですね。舌にマイクロチップを載せ、ケイの唇にキスをして上顎のソケットにチップをはめ込む。これをしないと起動しないらしいんです。

 いくらロボットとはいえ、女性です。それも絵に描いたまさに美少女です。

 今まで彼女がいなかった。という訳ではないです(見栄じゃないです!)が、やはり緊張します。

 とりあえず、自分にこれがロボットだということを言い聞かせ、高ぶる興奮を鎮めます。 徹夜の影響で唯でさえテンションが高いのです。なのに……こんな、こんな美少女にキスなんてしたら……。あはっははっ……。

 って、落ち着いてませんね。……駄目です、落ち着かなければ。

 一つ深呼吸します。チップを口に含みます。

 とたんに電流が走ります。

「オオおおうヱッ……」

 思わず声を上げて吐き出してしまいました。

 苦味すっぱみ、しょっぱさ。そして薬品の匂い。決して飲んではいけない鶴見川下流のような危険な味とでもいいましょうか?

 ……舌のミライが減ってしまうのではないでしょうか? そうなったら刺身がおいしく感じなくなる?

 とりあえず僕の体の危険物を取り払う神経はまだまだ衰えていない事が分かりましたから良かったことにしておきましょう。(世知辛い世の中、プラス思考の方が得する……はず)

 気を取り直してもう一度。鶴見川味のチップを舌に載せ、僕が膝枕している少女の唇に僕の唇をあてがい、少女の顔を動かして下を入れます。(キスというよりは人工呼吸みたいでした)

 僕の目は、くぱぁと開きます。ええ、くぱぁと開きましたとも。

 驚きました。頬の柔らかい肌触りも、唇の弾力感も、ほのかに感じられる女性の髪のにおいも舌に載せた鶴見川の味なんて忘れるくらい作りこまれていたんです。

 不覚にも鼓動が早くなり、耳たぶのほうまで熱くなっているのが分かりました。

 やばい、間違いなく僕は彼女に恋をしました。一撃必殺です。○ケモン技で言うとつのドリルを食らいましたね。

 口の中をなめずる様に探します。舌が絡んで……っ。よ、ようやくチップがはまる溝を見つけました。

 チップをはめ込むと少女は大きな瞳をやや重たそうに開きます。少し恥ずかしげに唇を閉じる仕草が初々しいです。

 意識がはっきりとしないのかおぼろげな表情で、僕を見つめてきます。今度は僕の心が彼女の仕草でハサミギロチン。

 ヒューマノイドとは思えない人間的な動きにもう脳内回路は焼ききれそうです。思考ルーチンが何項目も飛ばしてしまいそうなくらいに……。

「あぁっ!」

 気がつけば、彼女の潤った柔らかな感触の腕が僕の肩に回ってきたのです。驚いて思わず、僕は体を引きました。

 だめだ、こいつはロボットなんだ。必死に妄想を削除します。

 しかし次々と妄想は増殖します。どうやら、ゾンビ動画タグが付いていたようです。

 ケイはそれでも誘惑するように僕の足の付け根に手を乗せ、体を預けてきます。

 ……総員第一種先頭配置。僕の初号機が暴走モードに突入です!

 今、まさに自分の中で新境地が開発されようとしています。

 こちら脳内実況生中継! ……あああっ。そ、そのまま彼女は僕のことを押し倒します。彼女の体重は華奢な体に合わされたのか、とても軽いです。人との違いを上げるのならば全体的に熱っぽいです。(……僕はそれでアリなのですが)女性らしい凹凸の柔らかい体。しかし、少女の固さが若干残っていて、それが僕が着ている薄いTシャツ越しに少し熱いくらいの熱とともに伝わってきます。冷たく固い床と、熱く柔らかい少女の体のサンドイッチです。

 ……なんだか、脳内麻薬が。いひっ……いひひっ。

 自分の上に乗っかると少女は僕の唇を強引に奪います。そして貪るように舌を絡ませてきます。

 変態新聞の誤解がないように言っておきますが、これはロボットです。日本人は見ず知らずの男の人にこんな行動はとりません。悪しからず。

 僕は抵抗することも出来ませんでした。……不覚です。少女に見とれていました。

 と思っていると、何か舌にポロリと抜けた歯のようなものが当たりました。そして体に電流が走ります。

「……つぇっ、ごほ、ごほ……」

 床に転がった、鶴見川味のチップと感動の再会です。……においと味で本当に涙が湧き出てきます。

 少女は僕に体を預けてすっと力を抜き眠るように床に横たわりました。……こいつ、動くぞ。改め、動きません。っていうか自分から電源を切りましたよ?

 ブルブル、ブルブル。

 携帯電話が鳴り始めました。メールです。

「着信相手は……、秋月ケイ?」

 秋月ケイって言うのは、彼女のフルネームです。

「えっ……」

 スパムのような記号でキラキラのフレームを作り囲まれた文面。メールにはこんなことが書いてありました。

『ヵレのキスが下手すぎて幻滅しました。【もっと上手にシテくれる人募集中!】』

「……」

 ……どうやら、携帯との通信に成功したようです。……良かったです。でも何かハラワタがぐつぐつと煮えくり返ります。今のところ大きなエラーもなく動いているのに嬉しくないです。

 というか、何ですか? 自分で電源を切るって……。

 再び携帯が振動します。またケイからです。

『起動時にエラーが発生した。再起動が必要です。〔たくさんの改行(オープンスペース)〕どうでもいいから、さっさとしろ』

 ……彼女に再びキスをします。今度はうまくチップをはめる事が出来ました。かすかにハードディスクドライブがカリカリと鳴るような音がしました。彼女の熱は急速に高くなります。熱っぽいというよりは高熱という言葉がぴったりな温度です。と思うと、熱が急速に引き人肌の温度になります。

「……」

 先ほど見せた誘惑するような妖艶さはなく、ツンとした無表情。僕の腕の中から体を起き上がらせます。

 少女は立ち上がり、自分の体を見回すと僕の方を見据えました。笑顔ではありません。

「あなたが、私を起こしたの?」

 機械じみた声ではないのですが、冷たい感情のない声でした。

 でも喋った! 喋りましたよ。丸津の術力は世界一ぃ! と高らかに言ってやりたいです。

「……そうだけど」

 座ったまま身を反らせ、そのオーラにビビりながら彼女の問いに答えます。

 なんだか、僕は勘違いしていたようです。さっきのは何だったんでしょうか?

「事前にデータで見たけど……、日本人ってこんなに小さかったの? まるで人形……」

 ってあれ? 後ろの棚の上の方に手を伸ばしましたよ。

「……名前はなんていうの?」

 それは俺のよm……じゃなくって某ライトノベルの長○フィギュアです!

 いや、そうじゃなくて。起こしたのはこの俺! 俺だってば。

「あの……」

 やはり、近づきがたいオーラです。彼女の前ではどんな物理攻撃も通用し無そうなかんじです。

「……貴方の脳のサンプリングデータから割り出されていたデータは正常。……なのに貴方にそっくり」

 口に手を当て、困惑した様子で人形を見つめています。

「……あの?」

「なに?」

 振り向いた彼女。邪魔するなといった感じで、僕を見てきます。でも、ここで怯んだら負けなんです。逃げちゃ駄目だ! と自分に言い聞かせます。

「……僕が起こしたんだよ」

「……?」

 彼女はいまいち飲み込めていない顔をしている。

「だから……」

 彼女は僕の顔を隅々まで見回していきます。

「……失礼。では、これは本物の人形?」

 ……何を言っているのだか、僕にはさっぱり理解できません。

「そうだけど……」

 少女は淡々と続ける。

「もし、貴方がタカシなのであれば、貴方は一週間分の脳のデータを私に入力したはず。その中に女性を構築するデータがあって、私の素体は貴方の見た女性に合わせて平均化した形になるはず。つまり人間を元に作られるはず」

 脳のデータを計測したときのことを思い出します。……確か、納期に追われていて人と接触していませんでした。(それも女性となんてまるっきり)

「ここにいる人形を元に作られたということは、ほとんど人と接触せずに出来たデータ。つまりこれは貴方が描いた脳内の少女……。モデルはこれ……。違う、輪郭や表情が微妙に異なる。ほかにもデータはあるはず」

 フィギュアを凝視していたケイ。今度は物色するように周りを見渡しながら屈みます。

 そして棚の扉の取っ手を握ります。彼女は侵略者と化しました。

「ここ、見ても良い?」

 少女は返答もする間を与えずに棚に手をかけます。

『だ、駄目! そこはっ……、見ないで、私の心を覗かないで!』

 僕は内面世界で絶叫しました。ですが、裸体の残虐な天使は棚を開けました。

 神々しい光(鏡張りにしたディスプレイ用の棚でセンサー付きで開けると電球がライトアップするため。ちなみに自作)とともにヘブンズゲート(棚の扉)が開き中身(ぶら○ん、ダ・カ○ポなどの箱、俺の嫁たちが入った聖域)があらわになりました。僕の青春が詰まった聖地が……。部外者によって荒らされています。

 ケイはクラ○ドの初回限定版のパッケージを汚いものを触るかのように摘み上げます。

 彼女の容赦ない精神攻撃によって完膚なきまでに打ちのめされ、遂に精神汚染がYに突入しました。人生が犯され僕は廃人になりそうです。

「……把握完了」

 強く扉を締める音。僕の秘密を知った彼女は、ブルブルと震えていました。半年前も同じような出来事が……いや、なんでもない。

「でぇっ……!」

 彼女の平手が飛んできました。きめの細かい肌の彼女の平手。力は強く。頬がビリビリと痛みます。いきなり起きた出来事に少女も戸惑っています。

「ごめんなさい。急造仕様の感情制御システムで、感情が制御し切れなかった……」

 手を押さえ申し訳ないといった表情。目には涙を湛えています。しかし、首から下は怒りを堪えるように震えています。これ、明らかに怒ってますね。

「……とり合えず。服あるから着てくれないかな」

 話題を変えないと。いくら機械といっても女の子です。見てるこっちが毒になります。意識してしまったせいで頬が赤らんでしまいました。

「……っ」

 裸の少女に見つめられ、視線を逸らします。

「そう……」

 少女はベッドの上の服を見つけると、そこに座り着替え始めた。

 服がスルスルと滑らかな少女の素肌になじんでいきます。

 ……やっぱり可愛いです。目の前に僕の脳内の理想の少女がいるんですよ。(言っちゃったけど)そんな彼女の着替えが見れる状態にある。僕だって、立派な雄なんです。……そりゃ。

「恥ずかしくないの? ロボットの素体を見て興奮するなんて、それも胸も出ていない素体」

 そんな僕の思いを読み取ったのか、少女は僕に向かってそういってきます。……僕にとって貧乳はステータスなのに。

「じゃあ、お前は恥ずかしくないのかよ?」

 僕は彼女に聞き返しました。彼女の表情は浮き沈みがなく常に一定です。

「そもそも全体の制御システムを掌っている私はこのような自我を持っていなかった。貴方の元に来る際に新たに研究用として私に自我が与えられた。だから、恥という感情は良く分からない」

 研究用……? スケベな丸津教授は、彼女を使ってどんなことをしていたのでしょうか?

 ……それはさておき彼女には自我が無かった? そんなはずはありません。同封された説明書には自我が無いなどとは書いていなかったことを僕は思い出しました。

「……でも、マニュアルにはちゃんと性格があるって」

 少女は答えます。

「……きっと、これから会うセカンドのこと」

 セカンド? 僕が預かったダンボールにはカプセル(彼女入り)が一つしか入ってませんでしたよ? 疑問はさらに深まりつつ着替えを終えた彼女に聞きます。

「二人目? ……セカンドって言うのは?」

 二人って言うことは、もちろん三人目もいるんですよね? 予想外の展開に逸る気持ちを抑えます。

「……その前に」

 焦らすかのごとく彼女は手を伸ばし僕を静止します。

「髪を整えないと。……彼女は身なりがキチンとしていないと怒るから」

 僕は言われたとおりに鏡を手に取り、自分の髪を櫛で簡単に整え……。

「なにやってるの? ……私に渡して」

 まさか、……これは? 僕の髪を梳いてくれるんですか? これはなんというフラグなのだろうか。さすがは僕の脳内を具現化した物です。

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