三 プロポーズ
一ヶ月後、藤原亮太と松井惠子は、湘南の海岸を歩いていた。
夕日が傾き、富士山のシルエットがぼんやりと浮かび上がっている。
左手に江ノ島が、右手に真鶴から伊豆半島が見え、中央右には、烏帽子岩が小さく見えている。
二人が歩いている散歩道を、ジョギングをする者や、サーフィンボードを横に吊した自転車が、通り過ぎる。
今まで気がつかなかったが、真正面は、きれいに澄んだ青空とその下の薄い紺色の海が広がり、夕日の見える右手の方は、全体が明るく、きれいな色は見えない。左手の方は、夕日に映えて明るく黄金色になっている。
「亮太さん、この景色を見てどう思いますか」
惠子が夕日を浴びた顔を藤原に向けた。
「何か、過去、現在、未来のように感じるんだけど」
「私も同じことを考えていたの。過去が一番きれいで、次が、現在、でも、未来はあまりきれいに見えないと、」
「そうなんだ。それで、なぜ、右の方がきれいに見えないのか、考えていたんだよ」
「なぜか、分かりましたか」
「よくは分からないけど、光が波の表面で直接反射して、海の色が見えないんだと思う」
「そうだわ、きっと。夕日が強くて、ものの本質が隠れてしまうのね」
「ちょっと、海岸のそばまで行ってみないかい」
二人は、防砂用の竹の柵を越えて、浜辺に出た。靴を脱いで、裸足で歩きはじめた。陽がどんどん落ちていった。さすがに、波を楽しむサーファーも少なくなっていた。
亮太は、思い切って、惠子に声をかけた。
「惠子さん、私と人生をともにしてください」
惠子がうなずくのを見て、亮太は、思い切り強くキスをした。歯ががちんと音を立てた。
藤原は、松井惠子という人生の伴侶を得たのである。
藤原は、恵子と別れた後、家に戻り、夜が更けるまで目を閉じてソファーに横たわり、幸せをかみしめていた。
地方自治体の社会サービスに満足がいかない住民は、同じ考えの者が集まり別の自由な自治体を作ろうとする動きも出てくる。
自由な自治体の様子を見て、地方自治体の住民は、より高度な社会サービスを要求するようになる。
それに応じて、地方自治体も最適な運営方法を模索した。
地方自治体も自由な自治体も、生き残りをかけて、死にもの狂いでがんばっていた。社会サービス会社の競争のようなものである。
どの程度の社会サービスを提供するか、どの程度の地方税を取るか、そのバランスが大切になってきたのである。
自治体の運営においては、商売と同じで、いかに安くして満足を与えるか、という路線だけでなく、いくら高くてもいいから最上の満足を、という路線もある。
いらない支出を減らすなど効率的な運営を進めていくと、社会サービスの質をもっと高くしようとすれば、税金を上げて運営するしかなくなる。
いきおい、税が払える高額所得者や人数の多い中産階級の意見が通るようになる。
だが、低額所得者は、高額な税金は払えず、その地域に住めなくなる。地域間競争の前では、人は、いたわりの気持ちを忘れた。
自治体そのものが、住む人々を冷酷に選別するようになった。エゴ丸出しの社会になったのだ。
多くの地方自治体は、税収確保のために税の徴収体制を強化し、容赦ない取り立てを行った。
その結果、税金が払えずに土地や不動産を物納する者が増える。自治体には、こんな不動産が処分しきれないほど膨らんだ。借金の返済のために不動産を手放さざるを得ない企業や人々も増えた。
市場で不動産を売っても二束三文にしかならないため、不動産価格は更に下落し、不動産を手放しても借金の返済ができない悪循環が進む。
そのため、税金を払えなくなり、家を捨て、浮遊民やホームレスになり、都市部に流入するようになった。
宗教団体や反社会的な団体、闇の勢力はそのような浮遊民やホームレスを徐々に吸収し、組織化し、都市部に自由な自治体を作っていった。
大原は、西国が日本社会の分裂をねらっていることにやっと気がついた。
これは、昔、イギリスであった囲い込み運動のようなものであった。
イギリスでは、十六世紀頃に主に共同耕作地を柵や生垣などをめぐらせて私有地であることを宣言し羊の放牧場に転換する第一次囲い込み運動があった。
十八世紀頃には、大地主が中小農民の土地や村の共有地を吸収して所有地面積を拡大し、資本主義的大農経営に転換する第二次囲い込み運動があった。
第一次では、羊毛の大量生産を、第二次では、産業革命における賃金労働者に供給する穀物の大量生産が目的であった。
これにより、住んでいた土地を有力者や資本家により追放された大量の貧民が、都市や新大陸である米国に移住せざるを得なかったのだ。
同じことが、現在の日本でも起きているのだ。
自治体の土地を追い出された人々は都市に流れ込んだが、都市は人であふれかえり、就職難となっていた。労働条件も劣悪だ。そのため、治安は悪化してきた。
都市に流れ込んだ人々のうち、日本国籍がある者には年金が支給されていた。
だが、不法入国者や指名手配の犯罪者からなる闇の世界の者に脅し取られたり、どや街の宿泊に法外の料金を請求されたり、高利貸しにつけ込まれ、金をむしり取られるものが多かった。
治安維持や自衛のために、民間の警備会社を多用するようになり、警備会社は、どんどん大きくなってきていた。
社会不安が高まってきたが、予算が減り、国や自治体の力だけでは、犯罪を押さえきれなくなってきていたためである。
凶悪な犯罪から警備員の身の安全を図るため、警備会社は、軽火器の使用許可を国に要求した。国は、なかなか腰を上げなかった。
しかし、大銀行が襲撃されて、十二人の警備員が殺され、百億円近い金が奪われる事件が発生し、それ以降、軽火器の使用が認められるようになった。
ただし、この件に関しては、警備会社の自作自演だといううわさもあった。
社会の治安維持の仕事が少しずつ警備会社に移っていった。
これは、新しい武士のはじまりとでも言える変化であった。
社会では、屈折した考えを持つ者も多くなってきていた。単なる憂さ晴らしのために、目についた誰かをいじめるのだ。
誰かが中傷されると、その当人はもとより、その家族までもインターネットで連日たたかれるようになる。まるで、一昔前に学校ではやったいじめの大人版だ。
また、インターネットの普及で、悪い噂は、数時間で社会に広がり、一方、嘘の情報をインターネットに流したものは、数時間で逮捕されるようになった。
ホームレスは、昔、目障りだと言うだけで子供の暴力を受けていた。
だが、今は、大人が、不満のはけ口として、彼らに暴力を振るい、何か罪を着せて、警察に引き渡したのだ。
人を許し、理解する心のゆとりが社会から無くなってきたのだ。
二十世紀の終わり頃の日本では、工場の生産性は高かったものの、日本全体の生産性はかなり低かった。
だから、皆が懸命に働いて、無駄だらけの経済を回していたのである。国民総生産が世界何位というのに、豊かな暮らしを実感した者は少なかったのだ。
ただ、当時は、社会の安定は確保されていた。今のように乱れてはいなかった。
今、日本の社会は、子供から大人になる時の身体や心の変化を起こしているのかもしれない。「幼年期の終わり」なのかもしれない。
日本が成熟するために通り過ぎねばならないことかもしれない。
今まで国に頼り切ってのほほんと過ごしてきた社会から、自分で生きて行かねばならぬ世界共通の大人の社会に変わろうとしている。
子供の民主主義や子供の政治、経済から、大人のものになるための脱皮の痛みなのかもしれない。
大原には、この社会の変化が、日本人の心をむしばんでいるように思えた。しかも、社会の変化を起こしているのは、自分なのだ。
この日本の急激な変化の中で、日本人は、古き良き日本人であり続けられるのだろうか。
西国の実力が急速に増大していく中で、日本が、経済的な大混乱に陥らず、世界の中の敗者にならないで、何とか危機を脱することができるのだろうか。
大原は、そのことを悩んでいた。
地方自治体の中の都市部も大きく変わっていた。
ターミナル駅周辺だけが豪華な商業施設として残った。
他の小さい駅周辺では、商店主たちが郊外の快適な住宅地に移り住むようになり、スラム化した地域が出現していた。
この地域では、フリーター仲間が自治組織を作り、社会の荒波の中を助け合いながら生きていた。
自治体全体の価値が下がるのを防ぐため、自治体がそこの土地を安く買い取り、自治組織に提供したのだ。
スラム地域には、大勢のホームレスがまるで難民のように入ってきていた。彼らに生活の手段を与えなければならなかったのだ。
北条政夫は、社会サービスの手法が完成したのを機に、藤原の強い勧めで、フリーター仲間や難民が進めている自治組織の自治体化を支援するために派遣された。
北条は、F計画でコンピューター技術を活かして、立花や物部のプロジェクトに協力してきた。
最近では、物部が進めている工場学校でコンピューター技術を教えながら、コンピューターを活用した社会サービスの経営手法を立花と一緒に開発していた。物部に、工場学校の修了者を受け入れる組織を作るのに、協力を求められたからだ。
自治組織の自治体化の支援は、その物部から推薦されたのである。北条は、そこに、骨を埋める覚悟であった。
北条は、先ず、東京郊外のある駅前商店街に再開発をすることにした。ここでは、安藤らがやっている食堂「仲間」を通じ、まとまりのある自治組織ができつつあったからだ。
北条が昔やっていたインターネットによる求人システムもさらに拡大していた。こういうものをベースにして、しっかりしたものに変えていけばいいのだ。
北条は、無謀とも思える仕事に立ち向かって行ったのである。
藤原は、オフィスで、北条の活躍に期待しながら、大原首相に対する疑問が頭をよぎった。
一体、大原首相はなぜあんな強引に行動するのか、自信過剰か強がりでやっているのか、それとも、恵子が言うように、本当に西国に脅されてやっているのか。
それによって、今後の対応が大きく変わるのだ。
日本には個人金融資産が千五百兆円もある。同じ経済状況でも、うまく個人消費を刺激できれば、経済を上向きにできるはずだ。
一方、景気後退や財政問題等の先行きが暗いと、個人消費は消極的になる。だから、政府が消費を刺激することをねらい、税制改革をしたり、規制の撤廃をしたりしなければならない。国が率先して、経済そのものを大きくしようとしなければならない。
首相が西国に脅されてなければ、消費を刺激することが首相の手柄になることを示唆すればいい。
だが、西国に脅されているならば、その助言は、逆効果だ。西国は、消費を刺激しないように大原に要求するだろう。
内需拡大に、大原首相を巻き込むかどうかを決めるためには、その辺の見極めが必要なのだ。
田中は、最近の大原首相の行動にある種の違和感を持っていた。
明確な根拠があるわけではないが、あの原発撤廃論争以降、大原の田中に対する態度は変わったように感じられたからだ。自分を完全に避けている。何かを恐れているようだ。
たとえば、大原の執務室を訪ねると、あわてて、書類をしまう。昔はなかったことだ。
もしかして、大原が何か隠し事をしているのではないかと、田中は疑いを抱いた。
それ以来、田中は、大原を注意深く観察していた。
また、知り合いの記者仲間に、マラッカ海峡封鎖以後、大原首相について何か気になることはないかと、たずねてみた。
数十人の記者仲間に当たってみたが、特に気になることという返事はなかった。
ところが、東京戦略ジャーナルの小島正夫記者にたずねると、小島から、「実は気になることがあるのですよ」という返事があった。
小島記者が航空幕僚長にインタービューした時、幕僚長が「西国は脅威である」と発言した。すると、驚いたことには、大原首相が、すぐに反応して、防衛大臣を通じて「望ましくない発言」と厳重注意してきたというのだ。
そして、西国のことを脅威と言ってはいけないと注意されたそうだ。
田中も、西国偵察機の領海侵犯が日常茶飯事だし、西国の多数の戦術核を搭載した中距離ミサイルが日本の各都市を向いている現在、幕僚長の発言はごく常識的なことなのに、大原首相は西国になぜそんなに遠慮するのか、何か変だなあ、と思った。
「防衛省がそんな状態であっていいのでしょうか。大原首相は、どうなっているんでしょうかね。おかしいですよね」
小島は、憤まんやるかたない表情でそう言ってから、田中に小声でたずねた。
「だいたい、まだ記事として原稿もまとめていなかったんですよ。幕僚長のオフィスでインタービューしたので、他にその内容を知っている人間がいるはずがない。それが、どうして、大原首相の耳に入るんでしょうね」
この話を聞いて、田中は、防衛庁内に、西国のスパイ網が張り巡らされていて、得られた情報は、大原首相にもすぐ伝わっていると確信した。
多分、大原や閣僚の一挙手一投足が西国に筒抜けになっており、西国の気に障ることはできなくなっているのではないか。もう、大原首相は、西国に手も足も出ないのではないか。
マラッカ海峡封鎖後、大原首相は、西国の管理下に入ったにちがいないのである。
田中が、前にインターネット記事をながめていた時、「西国によるスパイ行為、我が国の防衛省のコンピューターネットワークに、無断侵入」と報じていたことを思い出した。
データの漏えいなど詳しい被害規模は調査中だが、流出した情報の多くは機密扱いのものだったとしている。
当局者は、侵入を仕掛けた組織が西国の情報部局の一つであることを確認した。しかし、西国は否定している。
機密情報は、高度に暗号化され、厳重な漏洩防止対策が講じられている。防衛省内部に協力者がいるにちがいない。
日本は、各国のスパイにとって、正にスパイ天国といわれる国である。西国や北国、小北国のスパイ行為が見つかっても、スパイ防止法がなく取り締まりできないのだ。
単なる情報の「横領」であり、罪になっても、五年以下の懲役でしかないのだ。
防衛省内部でも、スパイ防止の意識が低い。昔のことだが、イージス艦の情報漏えいの事実が明らかになっても、事務組織の最高責任者である事務次官でさえ、のほほんとしてゴルフ三昧であった。
大臣にクビを切られようとしても、責任を真摯に受け取らずに総理大臣に言いつけに行くほどのひどさだったことを、田中は思い出した。
西国といえば、西国のある総領事館の職員が「西国当局が機密情報を強要」と遺書を書いて、総領事館内で自殺していたことや、日本の民間会社から、西国人エンジニアが機密データを外部に持ち出していた記憶はあざやかに残っている。
アネハ発動機による無人ヘリの西国への輸出だって、西国情報部門の仕業に違いないと、田中は思った。
自分が、小島と話をしたことも、西国のスパイには漏れているであろう。
だから、この事実を、藤原に直接話せば、自分だけでなく、藤原だって危ない。
田中は、そのことに気が付くと、見ぶるいした。
藤原が、契約書類に目を通して見ていると、めずらしく田中から電話があった。
「突然のことだけど、藤原、鎌足の最後を覚えているか」
「ああ、鎌足の病床を天智天皇が鎌足の家に見舞に行ったという話か」
「俺が言いたいのは、その前に鎌足の家に落雷があったことと、鎌足が死んでから、天智天皇が香炉を送ったという日本書紀の話さ」
「あれって、死んでから送るべき香炉を、別の本では、死ぬ前に送ったことになっているし、落雷があったというのも、罰が下ったということかもしれないとも言われているな」
「そうだよ。鎌足は、病死でなく、天智天皇に殺されたか、死ねと言われたという説だな」
「鎌足は、唐の言いなりになっていた天智天皇に愛想が尽きて、大海人皇子にくら替えしていた。そのことに天智天皇か唐のスパイが気づき、殺されたのではないかという、」
藤原がそこまで話すと、突然電話は切れた。
藤原は、忙しいさなかであったので、田中からの電話の意味を深く考えずに、契約書に目を戻した。
「社長、田中早紀子さんからお電話です」
藤原は、すぐに電話に出た。さっきから、田中が電話をしてきた真意が何か考えていたのだ。
「あの、田中早紀子ですが、父が、帰宅途中、交通事故に巻き込まれて、大怪我をして、羽田空港そばの病院にいます。急いで来ていただけませんか。住所と電話番号は、・・・」
この緊張した声から、だだごとではないと、藤原は、直感的に思った。
「すぐ、うかがいます、早紀子さんも気を確かに」
藤原は取るものもとりあえず、病院に直行した。
救命センターの処置室の前で、担当の医師から、胸をやられて、内出血がひどく、あと数時間の命であろうと、告げられた。
あわてて、感染防止用の服を着て、処置室に入る。
早紀子が、藤原の方を向いて会釈した。
藤原は、すぐに田中のそばに行った。
田中は、うつろな顔をして、天井を見ていたが、早紀子の声で、藤原の到着に気がついた。それから、顔を藤原の方に向けた。
何か言おうとしているようなので、酸素吸入器が外された。しかし、気管に何かがつまっているのか、声が出せない。
看護婦が、吸い取ろうと吸引器を気管にゆっくりと入れる。ずるずる音を立てながら透明なチューブの中を真っ赤な血が吸い取られているのが見える。
しばらく苦しそうな表情をしていたが、つまっていたものが取れ、吸引管は抜き取られた。
突然、田中は、かすかに声を立てた。
「藤原、早紀子を頼む」
そう言うと、しばらく咳き込むようにしながら、藤原がうなずいているのをじっと見ていた。
それが田中の最後であった。
あとで調べたところでは、首都高のトンネル内で、壁に激突して、肋骨を折る重傷を負ったようであった。タイヤの跡から、何台かの車に、前後と左側からはさまれて、壁に押しつけられたものと推定された。
トンネル内の監視用カメラの記録から、加害者の車のプレートナンバーが判読され、それらの車が盗難車であることが分かった。それ以上の追跡は困難であった。
田中は、大原首相と西国のつながりの証拠をつかんだ。
そのことが、西国に筒抜けになり、それで殺されたにちがいないと、藤原は思った。
田中は、殺されると覚悟していたのだ。田中の電話は、大原首相が西国に取り込まれているという証拠をつかんだというメッセージだったのではないか。
藤原は、そのことに気がつかなかったことを悔やんだ。
鎌足も天智天皇から何の助言も求められなくなり、天智天皇が唐の言いなりになっていることに気づき、天智天皇から距離を置くようになったのであろう。
それを天智天皇か唐のスパイに感づかれ、鎌足は殺されたのであろう。
松井が歴史分析によりたどり着いた大原首相が西国に脅迫されているという仮説が正しかったのだ。
藤原は松井の能力に敬服した。
大原は、田中の葬儀に顔を出したが、早紀子と藤原にひょこっと頭を下げ、田中の遺影に向かって深々と頭を下げて焼香をすますと、黙って帰って行った。
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