新勧進帳-西行の憂鬱-第四章

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 弁慶を先頭に、四人が、さらに遅れて義経が関所の門を出て行こうとする。

 その時、番人の一人が義経を指差し、富樫にささやく。後ろについた強力が怪しいと言うのだ。

 富樫はせっかく大芝居を打ったのに、番人のやつ余計なことをしてくれてと思った。

 でも、番人に芝居を気が付かれてもまずいし、判官殿だってこのくらいの芝居では、自分たちをわざと見逃しているのではないかと疑うかも知れない。

そう気を取り直し、もう一芝居打つことにした。

 富樫は、太刀を取って叫んだ。

「それなる強力、止まれ」

 その声に、義経は歩みを止めた。弁慶はそれに気が付き、自分に言い聞かせた。

「まずいことになったかも知れないぞ。だが、慌てて事をし損じてはもっと大変だ」

 さて、我が君が怪しまれとは、これで命運も尽きるかと思いながら、弁慶は四人の方に顔を向ける。

四人はすでに太刀に手をかけている。

 弁慶は、四人の行く手をはばみ、義経の前に立つ。

「この強力め。何として通りおらぬか」

 富樫が重々しく言う。

「こちらが、お引き留めしたのだ」

「なぜ、引き留めたのか」

「その強力が、ちとある人に似ていると申す者があり、それで、ただ今お引き留めしたのだ」

「人が人に似ているとは珍しからぬ仰せ。さあ、だれに似ているというのだ」

「判官殿に似ていると申す者がいるので、調べの決着がつくまでの間、お留め申すのだ」

「何、判官殿に似た強力だと、一生の思い出だな。腹立たしい。日が高いうちに能登の国まで行けると思っているのに、わずかの笈一つ背負うて後ろを歩かせたればこそ、人に怪しまれる。だいたい、この程、ややもすれば判官殿よと怪しまれるは、おのれの行いが悪いからだ。思えば憎し、憎し憎し、さあ、目にもの見せてやる」

 弁慶はそう言うと、金剛杖をとって、義経をさんざんに打ちたたいた。しばらく打ってから、弁慶は義経にののしるように言った。

「通れ」

 その言葉に、富樫が、割って入った。

「いかように釈明しようとも、通すことまかりならぬ」

 その言葉に、四人は刀に手をかけ、富樫目がけてきっとした表情をする。

 この四人の態度に、弁慶は金剛杖を突いて制止する。

「皆の者、こんないやしき強力に太刀を抜くとは、ひきょうなこと。臆病の至りだ。山伏がうち刀抜きかけて勇みかかるだけで、いかなる天魔鬼神も恐れ縮みあがろうぞ」

 富樫と番人が詰め寄ってくる。弁慶は関所側と四人との間に入り、両者を抑える。

「まだ、この上にもお疑いがおありならば、あの強力めを荷物の布施物とともにお預け申す。いかようにもお取り調べください。さもなくば、これにて撃ち殺し見せ申さん」

弁慶はそう言うと、金剛杖を振り上げた。

 富樫は待ったをかける。

 義経が死んでしまっては、元も子もないからだ。

「これは、山伏殿、ちと乱暴が過ぎますよ」

「だが、お疑い在りしは、いかに」

「あくまでも、部下の者がそう訴えたまで」

「でも、ご疑念を晴らすため、打ち殺し見せ申さん」

「早まり給うな、部下のつまらない見間違いで、判官殿でもない人を疑えばこそかくも折檻もし給うなれ。今は疑い晴れ候。とくとく誘い通られよ」

「大旦那の仰せがなくば、打ち殺して捨てるものを。命を神仏の加護で助けてもらった奴、以後はきっと慎み深くなるでしょう」

 弁慶がそう言うと、富樫も応えた。

「我は、これより、なおもきびしい警護のために関に戻る。皆のものもついて来い」

 富樫は憂いを帯びた声で通行を認めた後、目を閉じて涙を悟られまいと上を向いて泣いた。これは演技でも何でもなかった。

 計略とはいえ主君を打ち据えてまで助けようとする弁慶の忠誠心に富樫は共感したからだ。

 富樫は、番人を連れて、関所の門の中に入る。

 そして、太刀を太刀持ちに渡し、ほっとした表情で葛樽に腰掛けた。

 やっと、長い一日が終わったのだ。

 弁慶も、ほっとしながらも、山の道をだまって歩き出した。何となく、背後から、誰かが監視しているように感じたからである。

 関からしばらく歩き、山の見晴らしのいい所に来た。火燈山だ。辺りに誰もいないことを確かめて弁慶は立ち止まり、義経を一番高い切り株に案内し、まわりを皆で囲んで座った。

「判官殿、やっと、危機を脱しました。この間の無礼、返す返すも、申し開きできません」

 そう言う弁慶を、いたわるように、義経は言った。

「いかに弁慶」

「はい」

「さても、今日の機転、さらに凡人の考えが及ぶべきところあらず。とかくの是非を争わず、ただ、下人のごとくさんざんに、我を打って助けしは正に天の加護、弓矢正八幡の神慮と思えば、かたじけなく思うぞ」

四人の者も、口をそろえて、関守に呼びとめられた時は、これは判官殿の一大事と思ったが、こうして無事難関をくぐり抜けた。これは、まことに源氏の弓矢の神、正八幡が我が君を守らせ給うお印である。これからの陸奥行きもうまくいくでしょう。でも、弁慶の知謀がなければ、うまくいかなかったのではないか。弁慶の行動は、とても我々の及ぶべきところではない。本当に驚き入っている。と弁慶をほめた。

「世は末世に及ぶと言いますが、日月未だ地に落ちず、ご高運は、めったのないほどありがたいもの。計略とは申しながら、主君を打擲(ちょうちゃく)したること、天罰空恐ろしく、非常に重いものを持ち上げるほど腕もしびれるごとく感じました。何と不届きなことをしてしまったのでしょう」

 ついに泣いたことのない弁慶が一生一度の涙をこぼす。義経はその殊勝たる弁慶の手を取った。

「いかなればこそ義経は、弓馬の家に生まれ来て、かくも武運がついていないのだ。命を兄上に捧げ、屍を西海の浪に沈め、」

 弁慶がその先を続けた。

「山野海岸に起き臥し明かす武士の、鎧に添いし袖枕、かたしくひまも波の上、ある時は船に浮かび、風波に身を任せ、またある時は山背(さんせき)の、馬蹄もみえぬ雪の中に、海少しあり夕浪(ゆうなみ)の、立ち来る音や須磨明石」

 こうあとを続けた弁慶も、複雑な気持ちであった。

 しおれかかったアザミの花に霜の露がのったような義経がいたわしく思えたからである。

 皆も同じ心境で、悲しい気持ちになった。

 しばらくして、気を取り直した一行は、そんな寂しさを振り切るように、夕焼けに映える河口を目ざし、一目散に坂道を下って行った。

 義経は、関の通過に何の疑念も抱いていなかった。

 富樫達をうまくだませたと思ったのだ。

 義経は、頼朝の監視を振り切って奥州平泉に向かうのだという確信を持った。

 

 安宅川の河口には、小舟が待っていた。

 舟のそばには、承意と平賀次郎景宗が立っていた。

 一行の八人は、まわりを見回すようにしながら、小舟に乗り、沖へとこぎ出した。

 春先とは言え、肌に突き刺さるほど強く冷たい潮風が吹いていた。

 義経は、身体の冷たさなど、何も感ずることなく、ただ明日のことだけ考えていた。

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