僕はフリーターである。
要するに無職だ。
こんな状況に陥って早一週間。
心の傷は一週間もあればぼちぼちと回復はしたが、いまだにあのときのことを思い出すと身がすくむ。
そしてどうして僕がここにいられるのか疑問にも思う。
まぁ、それもこれも僕の恐ろしいほどの運のよさのせいだろう。
でもどうせ運がいいなら自分の体だけじゃなく、心のことも考えてほしい。
僕のハートはおかげさまで傷だらけだ。
ガラスのハートにあの状況はきついものがあった。
でもまぁ、そろそろガラスのハートも修復が大方完了した。
そろそろ僕を雇ってくれる人が現れてもいい頃合じゃないか?
腕はそれなり、そしていろんな意味でバランス型の僕だ。
まぁ、バランスを保つために服装は少し妙だが、それでも腕は悪くないんだ。
強いわけではないけれど。
僕は床に座り込み壁にもたれかかったままカウンターを見た。
そこにはここのご主人、リゼロスさんが暇そうに頬杖をつきぼんやりと入り口のドアのほうを見ているのが見える。
ここ最近の不況と平和のおかげでこの兵士斡旋所は閑古鳥が鳴きっぱなし。
閑古鳥はさぞ喉が痛いことだろう。
代わりといってなんだが僕はこないだの面接会場でもらってきたのど飴を口に放り込んだ。
もちろん僕はそこの面接で落ちた。
だからここで居候のままぼんやりと引きこもりのような生活をしているわけだ。
だいぶ前にもらったあめだから少し溶けてべとべとする。
でも効果は覿面、口の中は歯磨きしたときみたいにスースーし始めた。
う、ちょっとこれは強いな、のどが痛いわけでもないのに、のど飴なんて食べるもんじゃないかもしれない。
そんなことを思いながらのど飴と格闘していた、そんなときだった。
不意に扉が開くベルの音が。
カウンターでうとうとしていたリゼロスさんがはっと顔を上げ、目をしばたたかせた。
「ここ今開いているよね?」
「あぁ、はい。」
入ってきた若い男をまじまじと見つめながらリゼロスさんはうなずいた。
その男、背はあまり高くない、普通の体型といったところだろうか。
黒いアーマーと白いマント、白いブーツ、腰には剣を差している。
その剣の柄には繊細な彫刻が施され、色とりどりの宝石がちりばめられていた。
きっと彼は騎士か、そこから派生する職種の人だろう。
髪は短い金髪で、毛がひとふさ跳ねているのが特徴的だ。
「今急ぎで仲間が必要なんだ。」
彼は言った。
つまり彼は雇い主を探しに来たわけでなく、雇いにきたというわけだ。
リゼロスさんが少しうれしそうな顔をする。
リゼロスさんはなかなか表情を表に出さない人だけど、さすがに今のご時勢なかなか新たに戦士を雇おうという人も少ないし、当然の反応だ。
「どのような人をお探しで?」
リゼロスさんはカウンターの周りを散らかり放題埋め尽くす書類や本などの山の中からファイルを一冊取り出した。
そこには確か、今雇い主を探す人たちの簡単な情報と写真がまとめられている。
今は僕みたいな雇い主待ちの人が多いからファイルの分厚さは尋常じゃない。
周りに散らばる書類たちも昔はこんなに多くなかったのに、最近は職にあぶれてこの戦士斡旋所に来る人たちが急激に増えたから、様々な人のデータが多すぎてまとまらないようだ。
「いや、別にどんな人でもかまわない。ただ、いくつか冒険を経験していて、それなりに戦える人であれば。」
リゼロスさんの質問に男が言った条件はたったそれだけだった。
最近はいろいろと注文をつける人が多くなかなかぴったりの人が見つからないというのに、そんな条件ならほぼ全員当てはまるじゃないか。
って、これは僕も当てはまるぞ。
「はぁ・・・誰でもいいと・・・。」
リゼロスさんはファイルを閉じたまま困ったような顔になった。
まぁそれはそうだろう、候補が多すぎる。
「あ、でも急ぎだから、そうだな・・・。じゃぁ、今この建物内にいる人全員雇おう。」
リゼロスさんは男の言葉にあんぐりと口をあけた。
そしてすぐ苦虫を噛み潰したような表情になる。
まぁそれも無理はない。
普段はこの斡旋所には何人も雇い主待ちの戦士たちが待機しているが今はほとんど全員職探しの真っ最中。
ここでずっと雇い主を何もせず待っていたりなんかしたら生活できなくなってしまう。
だからみんな雇い主を待ちつつ、今日もどこかで働いているというわけだ。
ま、僕は貯金があったし、ここで世話になっているし(もちろんお金は払っている!)、ガラスのハートの修復作業で忙しかったからずっとここにいて、ぼんやりリゼロスさんの顔を眺めたりとかしていたのだけど。
・・・で、何が言いたいかというと今この斡旋所には僕しかいないのだ。
そしてリゼロスさんは軽くうつむき表情を隠すと、僕の方を指差した。
男が僕を見る。
僕はあわてて立ち上がり姿勢を正した。
彼は僕を頭の先からつま先まで眺める。
あ、僕そういえば妙な服装してたなぁ、といまさらながらに思い出した。
僕は黒くすその長いローブの上に、フードつきの白いローブ、そしてその上に皮製の簡単なアーマーをつけ、その上にはさらにブレストプレート(胸を覆う部分的な鎧)をつけるというすばらしく個性的なファッションを展開していた。
リゼロスさんが苦々しい顔をしながら僕を見る。
だが男は表情一つ変えなかった。
「他には?」
・・・僕に対してのコメントはないのか!
う・・・これはどうなんだろう?
僕は見なかったことにされたのか?
OKなのかNOTHINGなのかはっきりしてほしい。
ノーコメントほどつらいものはないと今実感した。
「こいつだけだ。」
そう言ったリゼロスさんはもう終わりだといわんばかりに片手で目を覆っている。
待って、リゼロスさん!!
まだ可能性はゼロじゃない!
ただ・・・ノーコメントなだけさ!
「そうか・・・。」
男はそこで考え込むように黙ってしまった。
気まずい沈黙が続く。
こういう時時間って妙に長く感じる。
そして
「仕方ない、雇おう。」
僕とリゼロスさんはそろって目をしばたたかせた。
仕方ないけど雇ってくれるって!!仕方ないけど!
リゼロスさんは見る間に笑顔になると、お金を入れるトレーを引っ張り出した。
「紹介料2000リルです。」
「少し高くないか?」
男がすかさず言った。
確かに普段の紹介料は1500リルだ。
が、そこは100戦練磨、超ベテランのリゼロスさん。
表情は笑顔のまま何も言わない。
ただ、理由はわかっているだろう?と目が訴えていた。
「不況、か。」
男は軽く息をつくと財布を取り出し、ぴったり2000リル支払った。
「はい、毎度。」
リゼロスさんはお札をチェックした後、カウンター下にしまいこむ。
「ケイ。」
「は、はい!」
そして不意に僕はリゼロスさんに呼ばれ、思わず気をつけの姿勢をとった。
「今の様子全部見てたな?」
僕はこっくりとうなずく。
「というわけで、お前は今この人に雇われた。お前は雇ってくれるなら誰でもいいと言っていたから彼の名前も素性も一切聞かなかった。それでもいいな?」
僕はぎこちなくだが再びうなずいた。
そういえばこの男は何を仕事をしているのか、僕を雇って何をさせるのか、詳しい話を一切聞いていない。
こ、今度からはきちんと詳細を聞いて、雇ってもらうかどうか決めてから紹介してくれと伝えよう。
まぁ今度があればの話だけど。
「それじゃ、ケイ。しばらくお別れだ。たまには帰ってこいよ?」
「はい!」
僕は身を隠すようなマントを羽織り、荷物の入ったリュックを引っつかむとリゼロスさんに深々と頭を下げた。
「そんじゃ気をつけてな。・・・コイツをよろしくお願いします。」
リゼロスさんたらまるで僕の父親みたいだ。
まぁ確かに年はそれくらい離れてるけどさ。
「それじゃ、行こうか。」
そう男は笑いかけると店を出て行く。
僕はもう一度リゼロスさんに頭を下げると、長く世話になった斡旋所を出た。
:
「僕はウィルス。ウィルス・ラムゼリアだ。君は?」
店を出て、大通りに入ると彼は言った。
「えっと、僕はケイオス・ニル・ウェグナといいます。ケイと呼んでくだされば結構です。」
僕は慣れない敬語に舌をかみそうになりながらも言った。
そんな僕の様子を見てウィルスさんはふっと笑うと
「僕もウィルスでいい。それにそんなかしこまった話し方じゃなくていいよ。でも、いきなり親しく話せというのは立場的に難しいかな。まぁ、これから徐々に仲良くなっていこう。」
そう言って僕の肩をぽんぽんとたたいた。
「は、はい。」
僕は少し猫背気味になって返事を返す。
僕はそんなに人と話すのが得意じゃない。
むしろ苦手だ。
まぁ、長いこといっしょにいればそのうちに仲良くなれるだろうとは思うけど。
「それじゃ、少し急ごうか。すぐ近くの建物に仲間を待たせているんだ。そこに着いたらその仲間に案内を任すから詳しいことはそれに聞いてくれればいいよ。」
ウィルスはそう言うと歩くスピードを上げた。
彼の白いマントが風になびいて翻る。
その後姿はなんだかとてもかっこよく見えた。
この人の戦う姿を見てみたい。
しかし僕のそんな思いはすぐには叶いそうにないことをこの後思い知らされることとなる。
:
しばらく歩き、僕は大通りに面した小奇麗なレンガ造りの建物にたどり着いた。
看板も何もないその建物に、僕はウィルスに促されるまま入る。
その中は少し洒落た雰囲気が漂っており、天井には美しく輝く光球がいくつも浮かび、床は綺麗に磨きこまれていた。
たくさんのいすやテーブル、そしてステージのようなもの、さらに奥にはカウンターが設置されており、カウンター奥にはたくさんのお酒の並んだ棚。
見た感じバーのようだ。
それじゃ今は準備中ということで、看板なんかはしまわれているのだろうか。
それから目を引いたのは建物の小洒落た内装だけではなかった。
カウンターの前に並べられた丸いすに、細くすらりと長い足を組んで座る少女に僕の目は釘付けだったのである。
少女といってもそんなに幼いというわけでもない。
年は16,7くらいだろう。
僕より1つか2つ年下くらいか。
そして僕は別に彼女のほっそりとした体型に目を奪われていたわけじゃない。
僕が見ていたのは彼女の長くとがった耳、そうエルフだということに目を奪われていたんだ。
「クイット。つれてきたよ。」
僕が彼女の横顔を見つめていると、ウィルスが彼女に話しかけた。
どうやら彼女はクイットという名前らしい。
なるほど、いい名前・・・なのだろうか?
まぁ名前の評価なんてうまくは出来ないがとにかくきちんと覚えておこう。
彼女はくるりとこちらを向いた。
長いエメラルドグリーンの髪が揺れる。
う?ん、エルフってどんな動きでも絵になるなぁ。
「あれ?一人だけですか?」
彼女はやはりエルフらしいおとなしい性格なのか声は少し小さく柔らかい調子。
けど涼やかできれいな声だ。
この声で歌なんか歌っちゃうと、もう聞きほれてしまうんだろうなぁ。
顔はきれいというよりかかわいいといった感じかな。
「そうだ。それじゃ僕は次へ行くから、彼に案内を頼む。」
ウィルスはうなずき、それじゃ、とマントを翻し急ぎ足で建物から出て行った。
僕はその後姿をぼんやりと見送る。
「ねぇ、アンタ。ボーっとしてないで早くこっちきなさいよ。」
僕は後ろからした声に思わず身をこわばらせた。
その声はさっき涼やかできれいだと表現した声そのまま。
ただ口調がおかしいと感じた。
僕はぎこちなく振り返る。
そこには口を真一文字に結び足を組んだまま腕組みをしてこちらを見据えるエルフの少女の姿。
「はい?」
僕がこわばった表情のまま首を傾げると
「聞こえてないわけじゃないでしょ?早くきなさいってば。この距離じゃ話しにくいでしょ!」
さっきとは打って変わって彼女の口調はとても強気だった。
僕は無意識のうちに軽く首を振っていた、そんな、まさか、僕の理想のエルフ像が音を立てて崩れていく・・・と。
「アンタ、ちょっと何?その顔。・・・やっぱりあんたも理想のエルフ像・・・とかなんかそんな感じのもんを持ってたんでしょ?」
図星を突かれ、僕の動きは止まった。
「まったく、アンタってわかりやすすぎ。もうちょっと表情抑えたほうがいいんじゃないの?悪いやつに漬け込まれるよ?」
僕はただ目をしばたたくばかりである。
「あのね、エルフはみんながみんな、おとなしくっておしとやかで、聡明で、きれいで、魔法が得意で、賢くて、スタイルがよくて・・・なんて思ってるのは大間違い!!何?おしとやかって!黙ってニコニコしてるだけなんて耐えらんないっての!いい?あんたが持ってるエルフ像は間違い!ここにいるあたしはあなたの考えているエルフの性格の逆をいくから!そのつもりで!」
息を荒くしてそう言い彼女は大きく息を吐いた。
「は・・・はい。」
僕は彼女の迫力に押され情けない返事を返すのみ。
「じゃ、わかったら、早くしてよ、隣でも一個空けてでも好きなところに座ればいいから。」
彼女はカウンター前のいすを手で示した。
こんな強気な性格は僕の苦手な人ランキング第一位に入る。
まずうまくやっていけない、僕はそう思った。
だが、しかし説明というのを受けなければ話にならないわけで。
僕は恐る恐る彼女の席から一つ離れたいすへ腰掛けた。
彼女はそんな僕を見て息を吐くと、さっきより調子を落として話し始めた。
「とりあえずアンタは何も知らないだろうから、ここや私たちについて簡単に説明しようか。あ、その前に自己紹介したほうがいいね。アンタもずっとアンタ呼ばわりじゃいやでしょ?」
「あ、あぁ。」
「あたしはクイット・カルセトル。クイットって呼んでくれればいいから。」
「僕はケイオス・ニル・ウェグナ。・・・僕はケイって呼んでくれればいいよ。」
「そっか、ケイね。そんじゃ、説明に移ろっか。」
彼女はそこで笑顔を浮かべた。
う、笑った顔はかわいいのに、性格は僕にとっちゃ最悪だ・・・。
本当に僕はここでうまくやっていけるのか?
「ここはさ、まぁ見ての通りバーなんだけど。クランというかギルドというか、そういう団体としても活動しているわけね。」
クランやギルドという団体は人々の様々な依頼を解決したり、町なんかの自治に取り組んだりしているもののことだ・・・たしか。
僕には縁のない場所だったから詳しくは知らない。
「そんで、夜になればここに町の人とかいろんな人が集まって、いろんな依頼や情報がこの店に集まるってわけ。そんで私たちが依頼とかを解決すんの。」
「それで、ウィルスさんがこの店・・・っていうのか・・・ここのオーナーなわけかな?」
「うん。そーいうことになるかな。まぁあの人はほとんどここにはいないけどね。」
「いない・・・?」
それじゃウィルスさんは普段何を?
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