猫啼く夕月

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 俺の母親は野良猫。父親は飼い猫。発情期の散歩中、二匹は結ばれた。

人間みたいにオスがメスに子を孕ませたからといって大騒動になることはない。

どっかの猫が言っていた。人間という生き物は繁殖行動に厳しいらしい。かわいそう。

 母親が飼い猫だったら運命は違っていただろうが、生憎俺達は公園のトイレの裏で産み落とされた。

三兄弟の三男坊は生後4日目で死んだらしい。物心ついた時には自分ともう一匹しかいなかった。

厳しい野良猫人生。

それでも何とか生きてきた。

生きて、きた。

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秋風吹き始める9月。

短い毛を靡かせて、公園の低い塀の上を歩いている黒猫がいた。それが俺。

 先ほど嫌なモノをみたが、心は落ち着いている。アレを見たのは初めてではなかったから。

しかしふと、大切な存在のことを思って早足になった。

 俺は生まれ育った公園の隅にある側溝の中で暮らしている。

ずっと昔に使われなくなった側溝は埋められることも無く、ひっそりと口を開けて誰かが入ってくるのを待っているようだった。

野良の俺には最高の家に見えた。

今その中で俺の帰りを待っているのは俺の奥さん。そして…

「お帰りなさいクロ」

 クロ。外を徘徊していると、出会った人間からそう呼ばれることが多く、いつしかそれが名前になった。

ちなみに奥さんの名前はシロ。お互い見たまんまの名だが、良い名前だと思う。

「そこの道路で猫が車に轢かれて死んでいたよ」

「誰だったの?」

「分からない。ぺしゃんこだったからさ」

言ってシロの腹に鼻先をくっつけた。中の命が動いた。

 俺が野良猫と飼い猫のハーフだから、産まれてくる子猫達はクオーターだな。

そんな話をしながら毎日を過ごしている。

「私が白であなたが黒だから、ブチ猫が産まれるのかしら」

 笑ってシロが俺の頬を舐めた。

こうされるとまだ子猫だった頃を思い出す。最近会ってないが自分の母さんもどこかで元気にやってると思う。

 野良のまま二匹の子猫を育てるのは容易なことではなかったはずだ。

親離れをして、そして自分ももうすぐ親猫になる今になってようやく母さんのしぶとさとずる賢さを尊敬するようになった。

あの轢かれてた猫が母さんでないことを祈る。

「何を考えてるの?」

シロが重たい身体を起こして問う。満月の様な瞳に俺が映る。

「この辺も車の通りが多くなってきたし、危ないなと思って」

「子ども達が心配だわ…」

言って、シロは張った自分の腹に視線をやった。

「クロ、あなただけでも移っていいのよ」

「バカ言え。俺は親父とは違うんだ」

嫁さんほったらかして安全な場所になんか行けるか。

 前足を突き出して伸びながら欠伸をする。人間からはこの歯を剥き出しにした顔がブサイクと言われているらしいが、俺達にとっては二足歩行のあいつ等の方がよっぽど気持ち悪い。

その気持ち悪い奴らが生み出した物のお陰で、一日にどれほどの動物が死んでいるのか。俺達にも分からない。

 とにかく生きるのに必死な俺達は、時には命を脅かす人間に精一杯愛想振りまきながら生きている。

目の前にゴロンと寝転がったり、小さく鳴いて可愛らしく見上げてみたり。

運が良ければ飼い猫に昇格できる。

だけど、俺は飼われるなんて御免だがな。

心配そうにこっちを見つめるシロに頬擦りする。土のいい匂いがした。

「そろそろ時間だから行ってくるよ。腹減っただろ」

 そして額を一舐め。俺は再び側溝の入り口に向かった。

後ろから声がする。

「クロ、気をつけて。」

一声啼いて俺は側溝から這い出た。

空は薄暗い。

 そろそろ近くの商店街が閉まる頃。

商店街の人間は比較的動物には優しい。

だから店が閉まる頃を見計らって、俺をはじめ他の野良猫達も餌を頂戴しにお気に入りの店へと向かう。

 俺の行きつけは魚屋。

でも今日は久々に肉屋にも行ってみようか。シロには元気な子猫を産んでもらわないと。

肉屋に野良犬がいないことを願う。

店主が出てきたら一声可愛く啼いてやるのさ。

 空を見上げたら薄っすらと月が見えた。

猫の爪のような細い月。

濁った空に今にも溶けそうなそいつは、まるで自分を見ているようだった。

涼しい風が黒い毛を撫ぜた。

猫一匹死んだって何も変わりゃしねえこの世界。

 そんなこと心の中では分かってるんだ。

それでも生きたいから、生きなきゃいけないから、今日も啼くんだ。

「にゃあ」

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