『死神のいる日常』〜陽気さと憂鬱さで揺れる心の狭間で〜
経済が不況に入ってもう何年過ぎたのかも分からない。
新聞も発行されていないこんな状況で正確に今日が2000何年の何月で何日なのかの
見当が付くような奴は、むしろ何かイカれてるとしか思えない。
そんな荒廃した時代で私は生きていた。
住宅街だったこの一帯の廃墟も今の時代に至っては人類が創り出した森と言えるのかも
しれない。一つ一つの木々は、一つ一つのビルとして。その木々に住まう虫たちは、このビ
ル郡に住まう私達人間として。
まさしくここはそんな荒れた現代の森。
初め政府はこの状況を何とかしようともがいていたが、結局どうしようもなかった。
世界中に影響を及ぼした一連の不況の連鎖は、こうした廃墟郡の処理なんて2の次3の次
とも言えるほどに深刻で、政治家の中には日本を捨てて、比較的影響の少なかった自給自足
の整った外国へと移住して行った。有能な人などは皆それに続き、今の日本はまさしく荒野
のような状況。
きっとすぐに他の国が侵略してきて、日本の領土を自分のものにしようとするだろうけど、
今はどの国もにらみ合いが続いているのだろう。もしどこかが日本を占領しようと動き出し
たら、残りの余力を総動員して国々が領土戦争を繰り広げるかもしれない。
でも、これも教育の行き届かないこんな国で育った私の考えで、実際はもっと複雑な事情
を孕んでいるのかもしれないのだ。
灯理(あかり)「まっ・・・・どうでもいいかそんなこと・・・。」
ほんとどうでもいい。
なんせ私たちは今日を生きることすら難しいのだから。
聡史(さとし)「なんだ?また考えごとか?灯理はほんと考えるのが好きだな。」
私の独り言に言葉を返したのは、私の兄である聡史だった。
ガラスの割れた窓にもたれ掛かりながら、柱に背を寄せて体育座りをしている私を満面の
笑みで見下ろしている。
高身長でガタイが良く、髪を短髪で切り揃えていて、いかにもスポーツマン風情の爽やか
さを備えている。性格は実に開放的で、いつも何事においても気楽に生きているように見え
る。でもたぶん私を育ててきた環境からそういう仮面をつけているんだろうなとは、最近ぼ
んやりと分かってきた。
拓実(たくみ)「・・・・・・いや、悪くない。この時代においては、考え事もむしろいい娯楽材料
だ。」
教室の欄間(らんま)に手を掛け、懸垂を繰り返しながら拓にぃが言った。
拓にぃこと拓実も私の兄で次兄にあたる。終始無表情というか、私よりむしろ拓にぃの方
が思慮深いと思うんだけど・・・。外見は長髪のストレート(武器に出来るんじゃないかと思う
ほど真っ直ぐで黒々とした髪をしている)、あまりに長いので常に右か左の目が隠れていて、
切ってあげようかと何度誘っても、「自然のままがいいんだ」と良く分からない理由でいつ
も断られてしまう。性格は大人しく冷静、でも根っからの運動好きで常に何かしらの運動を
欠かさない。寝るとき以外あまり止まっている姿を見たためしがない。
灯理「好きでも娯楽でもないよ。ただ暇なだけ。あ〜ぁ、面白いことないかなぁ・・・。」
聡史「じゃあ肝試しでもやるかっ?」
灯理「今昼なんですけど・・・・・・・・。」
拓実「いや、でも廃墟には昼間からでも霊はいるって聞くなぁ・・・。」
灯理「た、拓にぃ・・・。」
聡史「居てもいなくてもいいじゃないか。この廃学校に移り住んでからは、3人であまりう
ろついたりもしてないだろ?売人が来るまで時間あるし、遊んでようぜ!」
灯理「まぁ・・・みんな一緒ならいいか・・・。」
拓実「・・・・・・・・・・・・・。」
灯理「・・・・・ん?拓にぃどうしたの?」
気が付くと拓にぃが私の方をじっと見つめて、なにか物憂げな顔をしていた。
拓実「あ・・・いや、なんでもない。さぁ、行こうか。」
灯理「・・・・・・?」
ここは国立桜花学園。幼稚園から大学まで全部寄り集まって作られた巨大な学園都市。
こんなモノが日本各地に幾つか存在する。そう言ってももう機能している学園はきっとも
うないんだと思う。こんな規模の学園が出来上がったのもやはり不況が関係してか、何十年
も前から学校は次々と統合されて行き、その分定員の割合が厳しくなり、成績がよくない人
間は自然と高校へと上がれない社会に変わって行った。そして、管理や資金の節約などから
か、学校を学園化する動きが始まり、あっという間に今のような巨大な学園が日本に出現し
始めたと兄達から聞かされた。
もしかしたら私もここに通えていたのかもしれないと思うと、今まで何気なしに見ていた
廊下に飛び散る無数の窓ガラスの破片も、なぜか切なさを感じさせた。
ありもしない架空のノスタルジアに浸りながら、私は『女子更衣室』と書かれた札を見上
げた。
灯理「学校かぁ〜。私も可愛い学生服とか着たかったなぁ〜。」
聡史「おっ!いいじゃないか。」
拓実「・・・・・・・・・行くぞ。聡史。」
聡史「おうよっ!」
灯理「おいおいおいっ・・・・!!!」
そう言って2人は威勢良く更衣室のドアを開けた。
聡史「レッツパラダイスッ!!!」
拓実「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
灯理「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
どう見てもパラダイスには見えなかった。
引き千切られたようなカーテンの隙間から差し入る夕日が照らすのは、室内に漂うほこり
と破れ千切られて捨てられたジャージやスカートなどばかり。荒廃していく世界の中のほん
の小さな一角で起こった些細な出来事かもしれない。でも世界とかそんなデカいものより、
こういった身近な物こそ私をひどく不安にさせた。
聡史「きったねぇな・・・・・・どうする?灯理。一応探してみるか?」
灯理「・・・・・・・・ううん。いいよ。もう。」
聡史「そっか。」
拓実「・・・・・・別のところへ移ろう。」
辿り着いたのは体育館だった。
扉は鍵どころか引き戸の取っ手部分まで根こそぎ抉り取られているような悲惨な状況。
聡史「おいおい。金目のものなんてないだろうになぜそこまでして入りたいかねここへ。」
灯理「・・・・・さぁ?」
中へ入って、またしてもほこりだらけの光景がデジャブった。
拓実「・・・・・・・ここも、ひどいな。」
聡史「でもま、入ってみようぜ。それなりに広いし何かして遊べるかもよ?」
灯理「体育倉庫に何か残ってないかな?」
聡史「おっ!いいねぇ。見てみようぜ!」
体育倉庫の扉は入り口よりも悲惨だった。
中央からサイでも突っ込んだかのように凹んでいる。
聡史「・・・・・・だからなぜそこまでしてボールが欲しいのかね暴徒諸君よ・・・。」
拓実「もう壊すことが目的なんじゃないか?これは。」
灯理「隙間から入れそうだけど・・・・私しか無理そうだね。」
聡史「なっ・・・・・太ってるって言いたいのかそれは!見てろ!」
私の言葉を誤解して聡にぃは扉の隙間に体を無理やり詰め出した。
聡史「うぐぐぐぐ・・・・・・ほら見ろ。あと頭と右肩と左足と右足が入れば余裕だろ?」
灯理「それまだだいぶ残ってるじゃん・・・。」
拓実「聡史。もう諦めろ・・・・みっともない。」
聡史「ちぇっ・・・・・・灯理。入るなら気をつけろよ?」
灯理「うんっ!」
隙間から難無くスルリと入ると、後ろから「なぜそんなあっさりと!」なんて声が聞こえ
たが、スルーして何かめぼしい物を探す。相変わらずここもほこりだらけで、視界はひどい。
すぐにでも出て行きたかったが、入れない兄達のためにもここは私がなんとかイイモノを!
と珍しく兄想いな私だった。見えてない所では意外と素直なのが私のいいとこ。
灯理「ただいまぁ〜。」
聡史「どうだっ?何かあったか?」
灯理「へっへへ。じゃ〜んっ!」
私は後ろ手に隠してたバスケットボールをふたりに見せつけた。
灯理「ボールかごの中で唯一生き残っていた勇者を掘り当ててきたぜ!」
なんてVサインなどして見せたり。
拓実「・・・・・・・・・・・・・・っ!!!」
灯理「えっ・・・?拓にぃ?」
気が付いたら私の手元にはボールはもうなかった。
前方に視線を移すとそこにはダンクシュートする拓にぃの姿が目に入る。
灯理「え?え?拓にぃすごいっ!」
聡史「あぁ。そういえばあいつ何年か前はバスケ部の部長やってたっけ。」
灯理「へぇ〜そうなんだぁ。」
聡史「・・・・・・・・にしても・・・。」
ダンクシュート!
スリーポイントシュート!
ダンクシュート!
ダンクシュート・・・・・・・。
聡史「はしゃぎ過ぎだろあいつ。」
何かに取り憑かれたようにシュートを繰り返す拓にぃを見て、私達はおかしくてしょうが
なかった。
灯理「拓にぃ!バスケ教えてよっ!」
私のその言葉にピタリと動きを止めて、振り返りながらフンッ!と鼻息一つ。
拓実「いいだろう!」
なんて言う拓にぃにまたしても笑わされた。
そうして私たちは日が暮れるまで、バスケを楽しんだ。
こんなに楽しい思いをしたのは久しぶりかもしれない。
2−Bは私たちの部屋だった。
バスケを終えて、ここへ戻ってくると妙な満足感に満たされた。
灯理「あ〜。たのしかったぁ〜。」
聡史「やっぱ元キャプテンは違うな。動きがすげぇよ拓実ぃ。」
拓実「・・・・・ダメだ。以前はあの動きも出来たのに今じゃ・・・。」
なんと拓にぃ予想外に落ち込んでいた・・・。
灯理「た、拓にぃ。そんなのさ、また明日から頑張ればいいじゃん。私も楽しかったし、明
日も付き合うよ?ボールがあればいつでもできるんだから。」
拓実「そ、そうだよなっ!ありがとう!灯理!」
灯理「う、うん。」
うわビックリしたぁ。
あんな笑顔の拓にぃは初めて見たよ。
聡史「よし。じゃあ運動もしたことだし飯にするかっ!」
ご飯といっても些細なもので最近では缶詰一缶だけだ。それでも貴重な栄養源であること
には変わりない。毎日毎日この時間は仕方なくも楽しみな時間なのだ。
灯理「あ〜ぁ、幻のステーキって食べ物を食べてみたいなぁ。聡にぃ〜ぃ。」
聡史「む、むちゃ言うなよお前。今の世界じゃそんなの世界中でも指で数えられるくらいの
数の人間しか食べられないもんだぜ?缶詰一つこさえるのも厳しいのに。」
灯理「そうだよねぇ〜。こんな時代に生まれた私って不幸だなぁ・・・。」
聡史・拓実「!!!」
そう私がつぶやくと2人はビクッと手を止めて、一瞬顔がこわばった。
灯理「え?どうしたの?ふたりとも。」
聡史「いや、まったく不幸だよなぁ。ほんと。な、なぁ拓実。」
拓実「・・・・・・・・あぁ。」
灯理「?」
私が疑問に思い、もう少しふたりを問い詰めようと頭の中で算段していると。
コンコンコン!
と窓辺から音が響いた。
聡史「おっ!売人が来たみたいだな。」
拓実「・・・・・・・。」
ふたりは立ち上がって窓辺へと歩いていった。
私は小さい頃からこの瞬間の取引は見せてもらえないことになっている。
だからって黙って従っているのも変な話だと思うのだけれど、この時のふたりの顔はあま
りにも真剣過ぎて見ていられないのが実状だ。
取引はいつも通り順調に続いていたように見えたが・・・。
聡史「おいっ!まてっ!それはあまりにもっ・・・・・。」
拓実「しっ!・・・・聡史声が大きい。」
今回はなにやらもめているらしかった。
数分後、売人と呼ばれる人が帰っていったのか2人が戻ってきた。
灯理「・・・・・どうしたの?なんかもめてたみたいだけど・・・。」
聡史「あぁ。ちょっとな・・・・なんでもないよ。ほら灯理の分。先に食べてろよ。」
灯理「あ。うん。」
食料を貯蔵してあるロッカーから、聡にぃは缶詰を1つ取ると私に放り投げた。
聡史「オレと拓実はちょっと散歩してくるからここで待ってろよ。」
灯理「え・・・あ、ずるいっ!私も散歩するっ・・・・」
拓実「いいから黙って食ってろっ・・・・。」
灯理「っ・・・・!」
拓にぃが私を睨むように静かな声で怒鳴りつけてきた。
聡史「拓実!」
拓実「あ・・・・ご、ごめん。灯理。ちょっと気が立ってるだけなんだ。許してくれ・・・。」
灯理「・・・・・・・・・・。」
今まで拓にぃのこんな顔は見たことがなかった。
まるで殺されるかのような気の立ちようは明らかに尋常じゃない。
聡史「拓実・・・・行こう。」
拓実「う・・・・うん・・・。」
そうしてふたりは2−Bを出て行った。
灯理「どうしたんだろ・・・ふたりともなんかおかしかったな・・・。」
言いながら私は食欲に負け、缶詰のふたを開けた。
灯理「はぐっ・・・・・んぐっ!ごほっごほっ・・・」
おっと。
今日飲む量の水はバスケの時に飲み切ったんだった。
気をつけて食べなくちゃ。
灯理「ふぅ・・・・そういえばこの缶詰って何の肉なんだろ。私の小さい頃食べたものとは味が
違う気がするなぁ・・・。」
数日後・・・。
私は今日も体育館で拓にぃとバスケをしていた。
毎日何時間もやっているかいあって私の腕も随分上がってきた・・・・と思う。
灯理「拓にぃ!そこぉっ!」
拓実「・・・・っ!」
灯理「へっへ〜♪コレで今日は拓にぃから3本もボールカット成功だよぉ〜?私ってば才能
あるんじゃないかな?」
拓実「はぁはぁはぁ・・・・。」
調子に乗ってテングになってる私に、きっと拓にぃは「まだまだ甘い」なんて言葉を返し
て来るに違いないと私は踏んでいた。
拓実「はぁ・・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
灯理「・・・・・・拓・・・にぃ?」
望んでいた返答が来ないばかりか、拓にぃは顔すら上げずに息継ぎを繰り返していた。
灯理「ど、どうしたの?拓にぃ?体調でも悪いの?」
拓実「え、いや・・・・はぁっ!なんでもっない・・・よ・・・。」
灯理「疲れたんだったら今日はここまでにしよ?」
拓実「あ・・・・あぁ。」
今日の拓にぃは動きが鈍く見えたけど、もしかしたら風邪かな?
灯理「水とって来るね。」
拓実「あぁ・・・・頼む・・・。」
体育館の隅に置いたままにしてあるペットボトルを取りに行こうと振り返った時、拓にぃ
の呟きが耳に入った。
拓実「・・・・・・・・・・参ったな・・・。」
日が暮れて、教室に戻ると聡史はもう寝袋を敷いて寝転んでいた。
灯理「聡にぃ!寝るの早すぎでしょっ!?まだ日が落ちたばかりの時間なんだけどっ?」
聡史「うるせぇなぁ。暇な時は寝るに限るんだよ・・・。」
灯理「まったくもぅ・・・。」
私が聡にぃに呆れていると、拓にぃは貯蔵庫であるロッカーから缶詰を取り出して1つ私
に放り投げた。そして、バタンと金属の板同士がぶつかるような鈍い音が耳に入った。
灯理「おっと・・・あれ?拓にぃ自分のは?」
拓実「・・・・・・いい・・・食欲無いんだ。」
灯理「だ、だめだよっ!!!」
自分に手渡された缶詰を床に置き、俯いている拓にぃに向き直る。
灯理「体調が悪いんだったら食べなきゃダメだよ・・・。」
拓実「・・・・・ありがとう。でもさっきまで運動してたし、ほら運動し過ぎると食欲なくなる
ことってあるじゃないか。」
灯理「まぁ、確かにそういうこともあるけど・・・。」
拓実「・・・・・分かったよ。灯理。後で必ず食べるから。」
灯理「うんっ。絶対だよ。あと暖かくして寝なきゃダメだよっ!」
拓実「あぁ・・・・。」
灯理「なんだったら・・・・・・今日一緒に寝てあげようか。その方が暖かいだろうし・・・。」
聡史&拓実「!!!」
灯理「・・・・・え・・・?」
聡史「灯理・・・・・女の子ってやつはもっと恥じらいを持ってだな・・・。」
なぜかいきなりビクついた聡にぃが寝袋に篭りながら注意してきた。
灯理「・・・・ならせめてこっちを見て言わないか聡にぃ。」
拓実「灯理・・・・冗談でもそういうことは言ってはいけない。いや、言わないで欲しい。」
・・・・・・ったく、なんでこのふたりはこんなに硬いのかねぇ。
小さい頃から一緒に寝た記憶なんて一度も無い。兄弟なんだからもっと仲良くしてもいい
気がするんだけどなぁ・・・。
拓実「・・・でも僕の体を気遣ってくれたことは感謝するよ。ありがとう。」
灯理「う、うん・・・。」
拓実「聡史も寝るって言ってるし、今日はあいにく曇り空で星光りもない。すぐ真っ暗にな
るだろうから灯理は自分の部屋に移って寝る準備をするといいよ。」
灯理「そうだね。分かった。じゃ、ふたりともおやすみなさい。」
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