DAIVE~1話~

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最後の授業が終わり、今日一日がやっと終わったような、始まったような気持ちになる午後三時半過ぎ。

二階の教室の窓に近い席の上で、石田九朗は騒がしい教室内の雑音を聞きながら机の上で寝そべっていた。

今日の最後の授業は英語だったため、精神的にも疲れている。

「あれー? 上代の奴どこに行った? さっきの授業もいなかったよな?」

近くに大声で叫ぶ奴がいるが、そんなことを気にすることはない。気にしないようにしないと、身が持たないのだ。

何しろここ最近、夜にろくな睡眠時間が取れないのである。

「サボりか? でももう少しでホームルーム始まるぜ。そろそろ帰ってくるだろ」

クラスメートが一人いなくなったようだが、そんなことはどうでもいいのだ。今はとても眠い。

この眠りを妨げるものは、誰であろうと容赦はしないくらいに眠い。

「石田君、ちょっといいかしら?」

だから、このように話しかけられても無視することで相手に眠っていることをアピールして諦めされるのであり、

「石田君」

眠りの邪魔をさせないのであり、

「……起きろ石田。三秒以内だ」

「スイマセン起きました」

自分のこんな意志の弱さを痛感するのである。

「全く。寝たふりなんて十年早い。眠いのは分かるけど私が話しかけたらすぐに起きないと駄目でしょう?」

天使のような微笑、しかし見えてはいないけど、その奥の瞳には邪悪な意志が見え隠れしていそうな彼女の顔を見上げる。

確かに一見すれば、美人だと大体の人は思うだろう。可愛い、というよりは美しいといった方が近いか。そんなキリッとした顔立ち。だが何人が知っていることか。

……この顔の奥に鬼の仮面があることを。

「石田君、聞いていた? 何なら聞こえるようにしてあげましょうか?」

そして、自分はその鬼の仮面を知っている数少ない人物であることを誰が知っているのやら。

「いや、遠慮しときます小形さん。それよりこんな人がいっぱいいる中で話しかけて大丈夫ですか?」

こっちも負けずに笑顔を作ってせめてもの抵抗をする。作り笑顔をするのは得意だが、果たして小形さん相手にどこまで通用しているものか。

「いいのよ。私達の話なんて聞いている奴はいないわ。今日の夜は十時半に集合ね。

場所はいつもの所、最近物騒な事件が増えてきているからか知らないけど、警備とかが目を光らせているから注意してね。見つかっても私は助けないから」

「ラジャ。頑張ります」

「ま、貴方だと見つかるなんてことは万が一にもないだろうけどね」

小形さんは華麗にスカートを翻らせて自分の席へと戻っていった。

その時にスカートがどこかに引っかかる、なんて古典的なドジなど小形さんには通じない(そもそも似合わない)。

彼女に会ったのは今年のクラス替えのときからだが、話し始めたのはここ数日。

ひょんな出来事に巻き込まれたのがきっかけで、パートナーとなったのであり、彼女に逆らえなくなってしまったのである。

「……ふぁ。ま、いいか。眠いし」

再び机の上へと舞い戻る。次にこの眠りを邪魔した奴は、今度こそ容赦しないつもりで――。

六限目が終わり、担任がホームルームにやってくるまでの約十分間。校舎内は、半分以上の生徒が下校する雰囲気を醸し出しており、明るい空気を作り出していた。

これを担任が静めるのはさぞかし大変だろうな、と余計なお世話を抱きつつも目的の教室へとたどり着く。

「二年三組、ここだな」

教室からはまだ騒がしい声が聞こえてくる。教室内を覗くと、まだ担任が来ていないのを確認するのと同時に、目的の人物の後頭部が見えた。

彼は机の上で寝ているらしく、ここから呼んでも聞こえるかは怪しい。

「おい、そこの君」と、とりあえず身近な奴に声をかけてみるが、

「はい? うおぅ!」と、あからさまな態度をとられてしまった。まあいつものことだ、と自分を慰めてみる。

「そこの君、そこの……」窓の席にいる男子生徒を指差して「石田君を呼んできてもらえないだろうか? 神楽坂が来たといえばいいから」と指示をする。

頼まれた生徒は少し驚いた様子で窓辺の席へと向かった。

「おい石田、お客さんだぞ」

「……」

「石田! 起きろ!」

「……」

「起きてくれよぉ!」

「……僕の眠りを妨げた奴は容赦しない……そう伝えておいてくれ……」

「だって生徒会長だぞ!」

「今すぐ行きます!」

意志の弱さを露呈させるようなやり取りをした後、猛スピードで石田はやってきた。

顔はかっこいい部類に入りそうなのだが、先ほどの様子を見てみると見掛け倒しなのかもしれないと思ってしまう。

「おはようございます会長!」

「はいはい、そんな大きな声で騒ぐな。皆がこっちを見ているだろうが。それに今はおはようではない」

突っ込みを入れながら髪を掻き揚げると、教室内から「キャー」と甲高い声が上がった。

上級生の生徒会長で、自分で言うのもなんだが周りからは人気があるらしい私は、何かするたびに主に女子生徒からこういう声が上がる。

気持ちは分からないのでもないのだが、私にはそのような趣味がないのだからそっとして欲しいというのが本音である。

「……会長、それで用事って?」

そもそも漫画などでよく見かける女子生徒会長像、というものに私は確かにフィットしている所も多大にあるだろう。

だけどそのようなシーンに良く見かける、周りの取り巻きたちや下級生達に微笑みながら「ごきげんよう」と挨拶をするというのは実際のところ出来る筈がないのではないか。

しかし現実の彼女達もそれを望んでいるのは事実なのであるし、どこまで私は努力しなければならないのかというのも問題なのであり。

「……会長?」

全部が彼女達の希望通りにしなくてはならないということもないのだが、全くしないというのもどうか。生徒会長というのも結局のところ人気取りである。

私は何故か知らないけど入学したときから「お姉さま」と呼ばれてしまったのであるが、人気は一応かなりある。

神楽坂ルキ、という珍しい名前もそれを助長しているが、そんなことは行動しだいで如何にとも出来るかもしれないし……。

「かーいーちょーうー?」

「うるさいぞ、石田」

「ええ!?」

理不尽な! とでも言いたそうな顔を石田は浮かべる。見ていて飽きない、というのがこいつなんだろうと勝手に分析をして、そんなことを思っているなどと

相手に悟られないように話を戻す。

「まったく。お前がうるさいから私が何のためにここに来たのか思い出してしまったではないか。ほら、この前お前が休んだときの室長会議の資料だ。

再来週の生徒総会の奴だから、詳しくは代わりに出たやつに聞け」

資料を石田に受け渡すと、奴は何が嬉しいのか笑いだした。

「会長も忙しいんだか暇なのか、なんだか分からないっスね。僕なんかのためにわざわざ来るし、いつも余裕もっていそうで焦っているようにも見えるし」

「意外だな。私も大して知らない奴からそんなに思われているとは思わなかったよ」

と言ってみるが、確かに意外だった。私がこんな風に思われているのもだが、彼が私の本質を分かっていたからである。

そう、確かに私は焦っている。その原因の一つが目の前の男にあることを、まだこいつは知らないだろうが。

「それじゃあ私は用事も済んだし帰るかな」

言いかけて、彼の後ろ越しから目線が飛んでいるのに気づいた。教室の中、雑踏の中でこちらをじっと見ている瞳。

その瞳が、私が来る直前に石田と話していた小形という女性というものだと気がつくのに時間はかからなかった。

……全く嫌になる。そういう風に睨みつけてくる彼女にも、睨ませる私自身にも。

「……気分が変わった。これはまだ言うつもりはなかったのだけど」

「え?」

思いっきり石田の襟首を掴み、こっちの首元へ近づける。その瞬間に教室からの目線に悪意が含まれたのも感じたが、そんなのお構い無しに石田の耳元へ私の口を近づけた。

「会長! 何か知らないけど(嬉しいけど)ヤバイって!」

声にならないような小さい声で抗議する石田なぞを無視して、本来ならば話すべきではない言葉を口にした。

「石田よく聞け」

止めるのなら今だ、彼は人違いかもしれないぞ、と心の中の誰かが警鐘を鳴らす。

ふん。そんなのもう遅い。私は神楽坂ルキ。この学校の生徒会長であり、生徒を守っていかなくちゃいけなんだから。

「お前ら、もう夜の散歩は止めろ。これは忠告であり、同時に会長からの命令だ」

石田の顔から血の気が引くのがわかる。なるほど。まだ半信半疑だったが、これはビンゴだったようだ。お前ら。こいつと、教室でずっと睨みつけている奴。

これで、二人が判明した。

「この話は今日にでも担任の口から出るだろう。私から言えるのはここまでだ」

石田を放して、後ろの教室を一瞥したあと階段へと向かう。……夜の散歩。私も含めて何人かがしているブームのようなもの。

さて、石田と小形と言いましたか。はたして彼らは、ただの散歩で済んでいるのかしらね……?

「と、いうことで連絡は以上だ。明日は休みだからって警察などの世話になるようなことはしないように各自、自覚を持って生活すること」

教壇の上では、二年三組の担任である村上がいつものごとく生徒に注意事項を話している。

教室内もいたって普通。先生の話など半分も耳が入っておらず、明日からの土日に向けて心が弾んでいる連中ばかり。

「上代は家の事情で午後から早退となった。プリント等は後日自分で取りに来るといっていたのでそのまま机の上に上げておいてくれ」

いなくなった生徒の説明。毎日は無いだろうが、学校で生活する分で当たり前に起こり得ること。気にすることもない。

「そして最近変質者、かどうかは分からないが、夜におかしな奴らが出没するという情報が警察のほうから入っているので注意すること。

最近はこの学校の可能性もある生徒達が夜に出歩いているという話も聞く。補導されないように自覚を持てよ」

その言葉を大多数のクラスメートは聞き流していただろう。しかし気がつかないかもしれないが反応するものの数人いる。さっきからある言葉を聞いた所為で聞く耳をずっと持っていなかった石田も、その彼の変な様子をじっと見ていた小形という生徒も然り。そして全く無表情のまま動かない男子生徒が一人に、鼻歌交じりにシャープペンシルをくるり、くるりと回している長い髪の女子生徒が一人。

そんな様子を、じっと大きな目で見つめながら話している村上という担任教師は気がついただろうか? 彼の言った夜歩き生徒が、まさか四人もこの教室にいること。そして今夜、もう一人ここにいない生徒が増えるということを。

「さて、話は以上! 十分に注意して、よい週末を!」

学校が終わる。それは、当たり前の日常生活も変わっていくのだ。この街で、何かが起こっている。今はまだ序章。役者は、自分達の出番を待つ――。

今日、爺さんが死んだ。らしい。恐らくだが、死んだ。らしい。多分だけど死んだ。らしい。

という台詞を、何度も何度も、繰り返し繰り返し、頭の中で呟きながら、若いのに真っ白な髪を持って、眼鏡をかけて、黒い服を好んでかどうか知らないが着ている、上代輝夜という今日学校を早退した生徒は、屋敷の中を歩いていた。

『輝夜へ。儂はもう死期が近づいてきている。近いうちに儂は死ぬじゃろう。だが心配するな。後の始末は自分でつけるように手配をしておいた』

彼の足は屋敷の中央にある、一番大きくて、便利で、立派なある部屋の前で止まった。ここが彼の爺さんの部屋であり、彼にとって今一番問題のある部屋でもある。

『手配といっても、遺書を書くとか部屋の掃除をするとか、まあそんなモンだがな。お互いこの広い屋敷で自由気ままに暮らしていたし、飯も自由勝手に作って食べていたし、小遣いもそこそこな額をあげていたから問題はないと思うが。小遣いは儂の遺産ということで銀行にあるものを勝手に使ってくれ。

大して残っていないけどな』

彼は襖を開け、部屋を見渡す。広い部屋の中はごちゃごちゃと物が置いてあり、とても掃除したとは思えない。だが昨日まで部屋の隅にあったはずのゴミ袋が今日の朝出されていたのを見ると、これで掃除した気になったのだろう。

「てか、今日は燃えるゴミじゃなくて粗大ゴミの日だ。俺が町内会長に怒られただろうがよ、クソジジイ」

とりあえず部屋の中を一瞥すると再び手紙に目を落とす。

『孫のお前にも告げずに勝手に居なくなってしまったのはすまないと思っている。少しだけど。死期が近づいたのだからしょうがないと思ってくれ。

というのも、実は用意しておいた墓地は日本じゃなくてフランスにあるからだ。墓地の場所は儂の部屋のテーブルの上に置いた紙に書いてある。そのうち墓参りに来てくれると嬉しい。墓の下から待っているぞ!(あっちは土葬だからね!)あと、飛行機の中で万が一死んじゃった場合の処理は任せたぞ! もう一度言うが、お前に告げずに勝手にいなくなったことは悪いと思っている。だけど許せ。儂も猫みたいなもんじゃから。ほら、猫って死ぬ前にいなくなるって言うじゃろ?

昨日、本で読んだ知識じゃ。そもそも儂は子猫を昔飼っていて……』

「うるせえよ!」

今は空の上なのか、それとも墓の下に居るのか分からない相手に対して突っ込みを入れる。読めば読むほどイラつく内容なので孫の輝夜でも真偽が難しい手紙。

もし一週間後にお土産を持って帰ってきたとしたら、本気で殴ろう、と思いながら輝夜は再び読みたくない遺書? に目を通した。

せめて最後の数行ぐらい、真面目なことが書いてあることを信じて。

『最後に。儂の部屋のテーブルの下に金庫があると思う。扉は開けておいた。中に入っている物は、儂の大事なものなのだが、儂と一緒に死なせるのは忍びない。

だからこれは形見として貰って欲しい。こんな爺さんだったが、お前が孫で中々楽しかった。儂のように長生きしろよ!』

思っていた以上のことが書いてあったので、少し涙腺が潤んだのか、かけていた眼鏡を外して目を拭う。同時に、ドッキリの監視カメラが無いだろうかと片目で部屋を見渡すもの忘れない。

「まったく。とんでもない爺さんだ。なーんか、まだ謎とか厄介ごとを残している気もするけど、これは本当に死に行ったっつーことか……?」

奇しくも、彼の予想はとても近いうちに実現することとなるのだが、そのことをまだ彼は知らない。とりあえずしゃがみ込んでテーブルの下を覗く。

見ると、手紙の内容通り、テーブルの下には扉の開いた小さな金庫が一つ置いてある。中には、美しい七色に色が変わる小さな宝石の付いた指輪が一つだけ入っていた。かなり古いものらしく、綺麗に保管されていたが内側に書かれている文字は読み取れなかった。爺さんの結婚指輪か、と思いながら、輝夜は遺書? をテーブルの上に置いた。そして、裏に続きが書かれているのに気がついた。

『P.S. 儂が実は純粋な日本人じゃないことは気がついていたと思う。儂の血にもヨーロッパ人が入っているし、儂はフランス人と結婚したからお前の血にも入っている。日本に来た時に帰化して名前を上代にしたが、実は気に入っていなかったのじゃ』

は? という思いで乱暴に手紙を三度手に取ると、その続きを読む。

『ということで、儂のこの世での最後の仕事を済ませておいた。今日から我が家は上代から神城に変わった! 理由は元々の儂の名前の意味も『神が降りた城』という名だったことと、その方がカッコイイから。つまりお前は神城輝夜だ! 漢字が変わっただけだから大丈夫じゃろ? それじゃぁの!』

上代輝夜改め、神城輝夜は、肩をわなわな震わせながら縁側に行き、窓を開け、持っていた遺書? を丸めると新月の夜空に向かって思いっきりそれを投げながら叫んだ。

「ふっっっざけるなよクソジジイーーーーーーー!!!!」

彼の声はこの静かな夜の日に、思いっきり騒音扱いとして人々の耳へ届きましたとさ。

Interval

一人の少女が地べたを這いずり回っている。

気が付いた時、彼女はどこかの林の中にいた。吹き飛ばされて、ボロボロになった状態で。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

彼女は逃げなくてはならない。彼女と一緒に居た仲間も、生死不明。一緒に運んでいた荷物もなくなってしまった。

「はぁ、はぁ、はぁ」

体はもう所々血まみれ。休まなくては、休まなくてはと思いながら、生きるために体を動かし続ける。体の限界は近い。それでも彼女は休むわけにはいかないのだ。もう夜になってしまった。この体では満足に戦うことも出来ない。しかし夜は敵が襲ってくるのだ。今宵は朝日を迎えられるのだろうか。

「はぁ、はぁ……ゲホッ!」

吐きながら、咽ながら、でも決して涙は見せずに、必死に少女は逃げ回る。あと数時間後、最悪の出会いが待っているのを、彼女は知らない。

Interval〜***�T〜

P.M.十二時三十四分。

上代改め、神城輝夜は今日から一人で住むこととなった我が家(家といってもかなり広い、屋敷のようなものだが)に背を向けながら、庭の中を歩いていた。雲は無いが新月のため辺りは真っ暗、手元の懐中電灯が心細げに庭を照らしている。

「らんらんらー」

即興の歌を口ずさみながら輝夜はある建物の前で立ち止まった。彼の頭の中には、もはや居なくなった爺さんのことなど微塵にしか残っていない。

遺書が万が一冗談の可能性も彼は考えていたからだ。だから今の彼の目的は、もしそうなった場合にやっておかなくてはならないこと。

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