空中ペットボトル

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 病院に通院することになったのは、バスケの試合でうっかり腕の骨を折ってしまったことがきっかけだった。哀しいことにその試合というのは、初めてレギュラーに入れてもらった試合で、腕を折って動けなくなった。

ベンチで応急処置をしてもらっていた俺は、唇を噛み締めながら、どうしてコートの中に俺がいないんだろうかと、顔がぐしゃぐしゃになるくらい、苦やし泣きした。

後にして思えばそれはもう、恥ずかしさの極みで。

恥ずかしいやら悔しいやら、当分練習にも出れないやらで、人生のどん底にいた。

そんなときだ、あいつに出会ったのは。

骨折といっても、複雑骨折で入院って程酷い骨折というわけでもなく、ただ通院はしなくてはいけなくなった。

そんな通院生活で、塞ぎ込んでいた俺は部活にも出れない寂しさからブラブラと歩きまわることが多くなっていた。ある時、病院裏の小さな中庭に出てみようと、なぜかそんな気になった。

ガラス張りのドアを開けて見てみるとそこには、パンジーやあと何の花か分からない花が花壇が綺麗に並んだ小奇麗にしてある手作り感あふれる中庭だった。

その光景は、薬臭く、陰気臭い病院の中には異世界で、おれはうっかり見とれてしまっていた。

ガンッ!

「!!!」

頭の上に何か落ちてきた。

一瞬のことで、わけも分からず落ちた物体を見るとそれはペットボトルのロケットで、あとから水まで落ちて俺はずぶ濡れになった。

俺はふつふつと怒りがこみ上げてきて、辺りを見渡すと一人の少年が空を見上げたまま座り込んでいた。その手には水道のホース。

俺は、瞬時にあいつがやったんだと思い、怒りに震えた足取りでどんどん近づいていく。それなのに少年は至近距離まで近づいても魂が抜けたように空を見上げていた。

そんな少年は近づけば近づくほど、生きてるのが不思議なほど真っ青な死人のような顔をしていて、ガリガリで、腕は痣だらけだった。

俺は一瞬、ぎょっとして体が静止した。

少年は真っ直ぐ空を見上げていて、それは今すぐにでも天使が迎えにでも来るのをじっと待っているかのようで、神聖なもののように感じた。

そんな少年は俺の方を無理ぬくと、さっきまでとは別人のような生きた顔で、驚いて見せた。

俺はさっきまでの怒りは嘘のように消えうせ、驚かせてしまったのかと罪悪感で胸を痛ませていると、大量のペットボトルのロケットが俺の頭の上に飛んできたのだ。

・・・・・・・・・俺はまたしてもびしょ濡れになった。

 少年は「すいません。」あわててと謝ったが、なぜか怒る気になれない俺は、「いいよ」とあっさりと許した。

「遊んでたのか?」

俺が、自分よりも幾つも幼い少年に聞くと、うれしそうな顔をして少年は俺にいった。

「時間がなくて・・・。あの場所借りて、空を飛ぼうと思って」

「空を飛ぶ?」

「そう、空飛ぶの。」

そういうと少年は自分の胸に手を当てて目をつぶり、こう言った。

「ここでね、ずっと呼んでるの。(ここにおいで、私のところにおいで、私は空のうえにいるよ。ここにいるよ)って。・・・ずっと呼んでる。」

「へぇ、誰が呼んでるの?」

「きっと、分からないけど、神様なんだよ。(早くおいで、そしてゆっくりお休み)って。」

「・・・・・・・・・。」

「だから、空に手紙を送るんだ。俺はまだ、そこへはいけませんって。」

 昔、ばあちゃんから聞いたことがある。戦時中にみんなが言っていたことらしい。

「いい人は早く死んでしまう」

どうして?そういくとばあちゃんは、遠い目をしてこう言った。

「それはね、いい人過ぎるから、神様が呼んでしまうんだって。いい人にそばにいて欲しくて、早く呼んでしまうんだって」

それは、ばあちゃんも、失くしてしまった人なのだと幼い俺でも分かるほどの悲しみが溢れた言い方だった。

「なぁ、神様に手紙が届いたら、お前は行かなくていいの、空に」

俺はそんな言葉を口にしたのは、きっと怖かったからなんだと思う。

人が死んでしまうことの恐怖、それはもう二度と自分の手に戻ってこない永遠の恐怖。この子がもしそうなってしまったら、俺はきっと怖いと思うだろう。哀しいとかじゃなくて、・・・怖いんだ。

「手伝うよ」

だからこの言葉が俺の口をついたんだ。

恐怖から逃れるために。

少年は俺の顔をじっと見たあと、まるで花が咲いたように笑った。

「ありがとう」

何故かその言葉は温かく、俺は心が暖かくなった。

 その日から、俺は毎日病院に来ては少年と秘密の作戦会議をしていた。

「空までペットボトルが飛んだら、今度は俺の体を括りつけて雲まで行って、神様に手紙を渡すんだ。」少年は夢見たいな事を平気で言ってしまう。そんなことできるはずもないのに。

「それはちょっと、無理なんじゃないのか?それならお前、そこへはいけませんって行ってるのに、自ら行っちゃってるじゃないか。」

「あっ!本当だ!」

俺たちはそんなくだらない話ばかりをしていた。どうしたら天国の神様に手紙を渡すことが出来るんだろう?そんなのは難しすぎて、運動ばかりやっていた俺の筋肉質の脳みそには、難しすぎた。

「じゃさ、こんなのはどう?飛行機に手紙を貼り付けて神様にとってもらうんだ!」

「神様、速すぎて取れないよ」

それでも楽しかったんだ。大人に近づくと否定ばかりされる子供的な考えは、嫌悪されるから。

こいつのこの、子供じみた考えは俺の何もかもを許してくれているみたいだった。勉強だけが全てじゃない、運動だけが全てじゃない。

子供でいることが楽しいなら、他人に迷惑かけない程度ずっと子供でいたいと思うのは、おかしいことだろうか?

その他大勢が、恥ずかしいと思うだけで、それが何故かなんて考えたこともなかった。

こいつにも「無理」「出来ない」そんな言葉ばかり言いたくもなかった。

そもそも、俺は何むきになってるんだろう?本当に神様がいるかなんて、わからないのに・・・。

じゃ、なんで俺は、ここにいて、こいつの手伝いしてるんだろう?

ただ、死なれるのが怖いから。それだけなんだ。

なんで、死なれるのが怖いなんて思うのか、自分でもよく分からないけど。

きっと、答えは心の奥の深淵なところで眠ってる。ただそれを起こしてしまうのが怖いんだ。

そして俺たちは、またペットボトルを飛ばした。

一日一回、バカな俺たちはそれしか思いつかなくて、それしか出来なかった。

手紙を括りつけて、「まだ、いけません」とだけ書いたメモみたいな手紙で。

もし、この手紙が神様に届いたのなら、神様はどう思うんだろう?そんなことだけ考えて、俺たちはペットボトルを飛ばし続けた。

 ある時、あいつは急に泣き出した。

周りなんか気にせず、大口開けて、わんわん泣き出した。まるで子供の泣き方だと呆れながら、必死に慰め、どうしたのか聞くと「誰かが、連れて行かれた」と言ってまたわんわん泣き出した。その日、病院で脳腫瘍のおじいさんが亡くなったと看護婦の話を立ち聞きした。

ぞっとした。

「呼ばれる」「連れて行った」その言葉は、嘘なんかじゃなかった。

こいつは日に日に、死人のように痩せていく。

どうしよう、どうしよう、早くしないと・・・焦りだけ、募ってどうすることも出来なかった。

「夜、最近怖いんだ。みんな寝ちゃって、一人ぼっちになった気がするから、怖いんだ。どうしよう、どうすればいい?」

とうとう、あいつはベットから起き上がることも出来なくなってしまった。

俺は無言で手を握ってやることしか出来なかった。

「朝、ちゃんと起きれるかな?そのまま死んじゃったらって考えると、怖いんだ。ずっと、ずっと胸の奥で呼んでる。神様が、呼んでるんだ。」

 なぁ、神様。

こんなこというこいつが、俺怖いんだ。嫌いじゃなくて怖いんだ。俺が一人ぼっちになってしまう気がして。なんだかすごく怖かった。

こいつの見舞いが終わってすぐ、俺は病院の屋上に行った。それは天から近くて、きっと俺の声も届くような気がしたから。

「なぁ、神様。

俺、あんたのこと嫌いなんだ。なんでいい人殺しちゃうんだよ?間違ってるだろ?神様なんだろ?正しい人なんだろ?・・・なんでこんなことすんだよ!」

声は哀しく進んで消えた。きっと聞こえすらしなかった。なんでこんなに気になるのかも、分からなかった。

「あのね、言いたいことがあるんだ。」

あいつは、俺にこう言った。

「あのさ、もう俺行くな。ありがとう、今までそばにいてくれて。」

それが最後の言葉になった。

次の日、俺が病室に行くと全然誰か知らない人がそのベットに寝ていた。俺は急いで看護婦さんの所へ行くと問いただすようにあいつの事を聞いた。

すると、驚くべきことが分かった。

あいつの名前は「土屋夏彦」それは、半年前になくなった少年だというのだ。

その少年は、ベットから一歩も出ることすら出来ない容体で、いつも窓から見える中庭を見つめていたらしい。何を考えていたんだろう?ろくに話もせず、しきりに「神様が呼んでいる」といつも怯えていたそうだった。

少年の見舞いに来てくれた人は誰もいなかったらしい。そして一人で寂しく死んでいったのだという。

「誰かがそばに来てくれるまで、死にたくない」

それが、あいつの最後の言葉だったらしい。だったら俺は、あいつに何か出来たのだろうか?あいつが神様の下へ行くきっかけになったのは俺なのだろうか?

今は、もう何も分からないけど。

俺は通院最後の日、一人で中庭でペットボトルを飛ばした。

手紙をつけて、多分届かないで落ちてしまうんだろうけど。

「お前は一人じゃない、お前は死んでない。俺の中では、ずっと生きてる。」

出逢ったのが、死んでいた状態からだったからなのか、とても死んでいる気がしなかった。

ペットボトルのロケットは、水しぶきを上げながら高々と空へ上がっていった。

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