百物語

 あからさまに年月を経たと判る、木造の建物。教室のように見えるのはあながち間違いではなく、部室として使われ始める前は、校舎の一部として使われていたらしい。

 ゆっくりと首を振るように映し出される様子は、闇が誤魔化してくれるとでも言いたくなるものだった。出入り口のない三面の壁には隙間なく棚やカラーボックスが置かれ、ごちゃごちゃと物が詰め込まれている。

 そのうちの一つを、闇に侵食されているまま映し出す。

 暗幕のような布が突っ込まれ、その上には怪しげな、仮面舞踏会に使われそうなマスク。更に、しわまみれの、白――と思われる手袋。その奥には、紙の束。

 そこから移り、今度は、部屋の中央に移る。そこは丸く空間が開けられ、長短様々、蝋受けも様々に、とにかく数が揃えられ、並べられている。

 準備のために立ち動く足も映しながら、一度、蝋燭が大きくなった。

 

「よーし、そのままそのまま」

 

 集められた蝋燭の周りに、少年とも青年とも呼べそうな男の子らが腰を落とす。

 彼らは、てんでばらばらにこちらを見た。

「どうでもいいから早くしろー」

「なあなあ俺映ってる? ぴーす!」

「うわー、馬鹿だなお前。カズト、絶対一生保存しとくぜ、これ。半永久的にさっきの間抜けなのが残るんだぞ?」

「フィルムって、そんなにもったか?」

「いや、無理だよ」

「でもお前、他のメディアに移すだろ」

「うん」

「いーもん、俺、懐かしむもんねっ、俺が有名になったらどっかに売り込んでもいいぞ」

「ないない」

 車座になって、馬鹿話を続ける。四人、そこには居た。

 あとひとりが、まだ来ない。

 五人は、百物語を計画していた。言い出したのが誰だったか、今となっては思い出せない。おそらく、本人も意識していなかったような呟きがここまで膨らんだのだろう。「受験生の夏」というレッテルにも、いいかげん飽き飽きしていたこともあるだろう。

 模試に補習、勉強合宿。息抜きくらいほしくなる。

 そうやって、わざわざ忍び込んでまで、この川端学園旧部室棟での怪談話と相成った。カメラ回せば、と言い出したのは誰だったか。

 おかげでこうやって、今時珍しいフィルム式のカメラの映像が残っている。

「おそいな、ナガレ」

「ま、仕方ないんじゃない? あそこの家、過保護らしいから」

「それ以前の問題の気がするけど…」

「あっ、なあなあ、知ってる?」

「知らない」

「そうやって話の腰折るなよなー、性格悪いよ、タクって」

「あー、悪くて結構。善人だね、なんて言われるより嬉しいよ」

「タクマに善人だって言う奴なんておるか? あ、サカシタがおったか」

「うわ、やめろよ。あの勘違い女」

「勘違いって言うか、思い込みやろ? 時々、うっとり自分の世界入って。いや、怖かったな。あれは」

「それより、ソータ、何か話しかけてなかった?」

「あー…うん、いいや。百物語始まったら言うことにする」

「え、何、怖い話?」

「んー、まあね」

 そこで、揃って携帯電話が鳴った。

 そのうちの一つが「ルパン三世のテーマ」であることに、三人が爆笑する。お前らにこの良さがわかるか、と負け惜しみのように言って、二つ折りの電話を開く。

 それとは違う一人が、移動して来て携帯電話の画面を一杯に映し出す。

  

『 ごめん、行けないかも。兄が帰ってきて放してくれない。あとで行けるようなら行くから、始めてて。 』

 没個性の字が並び、その下に流専用のナキウサギの小さな画像がついている。

 三人は、図ったように揃って呆れのこもった溜息をついた。

 

「なんだー、リュウ来れないのか」

「でも、行けるようなら行くってとこがナガレらしいな」

「友達んとこ泊まるとかってごまかせなかったのかなー。俺、結構楽しみにしてたのに。リュウの話って面白いからさー」

「無理だろう。タチバナさんとは家族ぐるみの付き合いらしいから、すぐばれるだろうし」

「他にそんな友達、いないしな」

 その台詞に、再び溜息をつく。

 それをきっかけにして、一人が職員室前のロッカーの上から拝借してきて取り付けた暗幕がしっかりと閉まっていることを確認し、他の三人が、車座の中央の蝋燭に火をつける。すぐに、暗幕の確認をしていた少年もそれに加わった。

 使い差しのものがほとんどで、長さ順に並べている。短いものから順に、吹き消すのだ。人数分の蝋燭をつけるだけにするか百本にするかで多少もめたが、結局は百本で落ち着いた。

「なんか、目が痛い」

「ほんと、くらくらする。あっついしね」

「締め切ってるから」

「多分、酸欠になるわ眠いわで、幻覚見るんじゃない? 百物語ってさ、そういう落ち」

 それぞれが言うが、そこには、ある種の場ができていた。

 風はないが呼吸で揺らめく蝋燭と、その熱や匂い、炎に照らされて違った風に見える顔。飛び切りの舞台に、そう待たずに沈黙が訪れる。

 そうして、物語が始まった。

「それじゃあ、さっき話しかけたやつから。この学校、川端高校って言うだろ? それなのに地名じゃないし、川端康成に縁があるってわけでもない。由来は昔、この学校が二本の川に挟まれて中洲みたいな土地に立ってたかららしいんだ。でも、今はそんな川ないだろ? これは学校の土地が移転したからじゃなくて、枯れたからなんだ。俺の話は、まだ川があった頃。その頃は男子校で、馬鹿なこともいっぱいやってて、校舎の窓から川に飛び込む、なんてことも平気でやってたらしいんだ。川は深かったし、校舎も近かったから。でもあるとき、屋上から飛び込むなんて馬鹿なことをやった生徒がいた。夏で浅くなってて、おまけにそいつは酔っ払ってた。部室で隠れ飲んで酔ってたときに、友達にそそのかされたんだ。そそのかした友達は、そいつと女の子を取り合ってたって話。それで、そのまま…。ぎゃっ、って声が聞こえたって。多分、飛び降りて途中で正気になったんだろうね。むしろ水音は小さかったんだって。それから、校舎内を千鳥足の男子生徒が歩くようになったんだって。おまえかー、おまえが俺を殺したのかーって。その後何人も、屋上から川に飛び込んで死ぬ生徒が続発したってさ。立ち入り禁止にしても、どこからか入り込むんだよ。それが、頭を悩ました当時の校長がお祓いを頼んだら、ぴたりと止んだんだ。そして、川が枯れた。でも、今でも土砂降りの雨の日なんて、声が聞こえるって話だよ。まだ探してんのかな」

「…小学生で、四年か五年のときやった。放課後に適当にグラウンドで遊んで、帰ろうとしたら体育館が開いてるのに気づいた。別に、無視して帰りゃ良かったんやけど、なんか気になって。他の奴も呼ぼうと思ったら、もうおらんなっとって。で、のぞいてみたら…ありきたりやからあんま言いたくないけど…おんなじくらいの年の奴が、自分の頭ついとった。バスケットボールみたいに。学校の怪談とか、馬鹿にしとったけど、あれは怖かった。こう…ざあって血の気が引いて、足ががくがくしたけど、無我夢中で走って帰った」

「一時、カセットテープにCDダビングして、オリジナルテープ作るのにはまってたんだ、俺。明るい感じの曲、暗い感じの曲とかって、まとめて。何本も、そういうテープがあった。はじめは手持ちのCDを編集しただけだったんだけど、すぐにレンタルで片っ端から借りるようになって。そのうち、変なことが起きるようになった。とってるときは何ともないのに、テープを聞いたら変な間が入ってるんだ。はじめの方は、ああ、とるの失敗しちゃったな、と思ってたんだけど…どのテープとか関係なしに、俺が聞く本数分だけ、間が伸びるんだ。そのうち、音量上げても何も入ってないのかなって、テープはほとんどが使い回しだったから、伸びてて変に録音されてるのかもしれないと思って、音を上げてみたんだ。そうしたら、小さな女の子が歌ってるのが、入ってた。「風の谷のナウシカ」ってあるだろう、あれの中で主人公の回想場面で流れてるみたいなやつ。でもあれは、ぞっとした。なんていうのかな…聴いてるだけで気が重くなるような感じで。今は、カセットは使わないようにしてる。作ってたテープも、捨てようと思ったけどほしがる奴がいたからあげた」

「妹が、うなされることがあったんだ。まだ小さくて、こっちに引っ越す前、家族皆が同じ部屋で寝てたとき。少しして、風邪を引いたとか、ぐずってるとかだったらすぐに目を覚ますはずの母親が、身動きすらしないことに気付いた。起きるのは俺だけ。それで横でうなされてるから、一応起こそうとするんだ。だけど、妹の上らへんに白いものが浮かんでて、あれが戻るまで待たなきゃだめだ、ってどうしてか思ったんだ。そうしてるうちにまた眠っちゃって、何事もなく朝が来てた」

 時計回りに話していった。

 三順目あたりからどこかで聞いたような話になっていき、六順目ごろにはオチつかずのちょっと不思議かもしれない、程度の話になり、十順目を過ぎるころには約一名の独壇場と化していた。

 しかしそれも、八十話を超えると苦しくなってきた。明らかに、「えーと」「うーん」というつなぎの言葉が増えてくる。

 それでも、九十三話。

 九十四話目を言いそうで言えないという状態のときに、談話室の戸が開かれた。そこにも暗幕を張ってあったので、小さく悲鳴が上がる。少し暗幕がうごめいてから、六本の蝋燭が灯る室内に、五人目が現れた。

 場の空気に気付いて、ごめん、と口だけ動かして、詰めて空いた場所に座る。四人ともが、わずかに顔をほころばせているものの、目線で、話をするよう促した。

 少女は素早く、残ったろうそくの数を数えたようだった。

「鏡。小さい時、家にきれいな鏡があったんだ。丸い鏡なんだけど、縁の細工が凝ってて。多分、どこかの職人が造ったものだったんだと思う。かなり古いもの。今にしてみればそんなに大きかった、というわけでもないと思うんだけど、当時は小さかったから、すごく大きな鏡なんだ、と思ってた。顔が全部映って、それに…今になって考えるとおかしいんだけど、少し離すだけで、全身が映って見えた。お気に入りだったけど、家の物置に入れられてて、滅多なことじゃ触らせてもらえなかった。それが、小二くらいの時かな…たまたま物置の予備のかぎが手に入って、しょっちゅう入り込んでは遊んでた。鏡以外にも、珍しいものがたくさんあったから、絶好の遊び場だったんだ。中でも鏡は、何度も取り出して見てた。見るたびに鏡に映る全身像は小さくなって、まるでカメラを引いたみたいに見えたんだけど、あんまり不思議には思わなかった。そういうものなんだって、思ってた。代わりに、鏡の半分くらいのところに知らない人が映るようになってた。和服の男の人で、私が小さくなるにつれて、その人は大きくなるみたいだった。あるとき、アルバムの整理をしてたら古い写真があって、そこに鏡に映ってた男の人がいた。服は違ってたけど、絶対に同じ人。一枚だけだったけど、多分先祖の人か何かだろうと思って、父に訊いたんだ。あの人は、真っ青な顔で知らない、って言った。次の日学校から帰ったときには、物置のかぎは取り替えられてた」

 淡々と、記憶を探り出すかのような口調で、六話を話しきる。百話目を語り終えると、少女は最後の蝋燭を吹き消した。立ち込めた闇が訪れる。 

 誰かが唾を飲んだ音や、衣擦れの音がする。

「いち」

「に」

「さん」

「よん」

「ご」

 沈黙を挟んで、誰かが噴き出した。一斉に、五人が大爆笑する。そしてそれに追い討ちをかけるように、「ルパン三世のテーマ」が鳴り響いた。

「あー、もうだめ、俺。なんか来るなんか来る、ってフインキなのに、何にもないしさー。ルパン鳴るし」

「そうそう、最後の方異様だったしね。緊張感ありすぎて。最後の話が怖かったら、パニックになってたんじゃないかと思うよ」

「得体の知れない怖さがあったぜ、最後」

「怖かった? 不思議な話だなあ、って思ってたんだけど」

「どうでもいいから灯りつけてくれ。ケータイの位置がわからない」

「光ってないの?」

「ああ。手元においてた筈なんだけど…上に何か乗ってるのかも」

「あはは、ゼッタイそれが妖怪だよ、決まり。カズ、タクの手元照らして。何かいるからさー」

「馬鹿。カズト、とにかく頼む」

「うん、探してるんだけど…誰か、先にカーテン開けてくれる?」

 カーテンレールのきしる音がして、消し炭の濃闇からほの明るい薄闇に変わる。

 あった、と二人が揃って声をあげた。が。

 

「…今、誰か立った?」

「…それって、結構離れ業だと思うんだけど、俺。全員座ってない?」

 ぎくりと、五人が顔を見合わせた。

「…っわーっ!」

 五人が我先に飛び出していった後の部屋で、暗幕は次々に開けられていった。

 そして薄闇の中には、携帯電話の着メロ特有の音で「ルパン三世のテーマ」が流れ、明滅する携帯電話の上には奇妙な物体が浮かんでいた。

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