末っ子で長男。そのくせ上には姉が二人いる。
姉弟の仲が良いと周りからはよく言われた。それでもなかなか考えることが多かった。そりゃそうだろ。だって男の子だものな。
小さいときはそれで散々、友達と喧嘩した。俺が女っぽいとしょっちゅうからかわれたのだ。今になってみれば確かにそうかもしれなかった。背は小さいし、肩も細かった。それに姉二人では拍車こそかかる。それでも喧嘩してボロボロに負けて帰ってくれば、原因の姉達に慰められるのだから始末に終えない。
「シュンはよう負けるね」
絆創膏を探しながら、朝日{あさひ}姉さんが言う。姉さんはその年に高校に入ったばかりだった。制服は真新しく、髪には染めた形跡もない。今考えてみれば、中学生くささも抜け切っていなかっただろうけど、小学五年の俺にはひたすら「お姉さん」だった。
「シュンタローはすぐ泣くもん。自分から喧嘩売ってんのにさ」
「違うっ! あっちが」
カッコワルーとはしゃぎながら小春{こはる}がベッドで足をバタつかせた。小春は俺の一コ上で、やっぱり姉だった。でも朝日姉さんとは全然違う。時々、同い年とか年下のようにも思えた。
「小春。ベッドで足バタバタしない」
姉さんのひと言に、小春はハーイと答える。使い込まれた二段ベッド。山ほどシールが貼られたそれが軋{きし}んだ。
高校に入って、朝日姉さんはこの部屋ではなく、一人部屋になるはずだった。小春が父さんと母さんに一週間、泣いて駄々をこねなければ。
「シュンも、喧嘩ばっかして母さんに心配かけないよーに」
「うん」
絆創膏{ばんそうこう}を貼りながら、姉さんが呟くように続けた。
「それと、あんたは男の子なんだから。たまには勝ったっていいんだからね」
「……それって喧嘩しろってこと?」
「そんなこと言ってないわよお? ねー小春」
「言ってなーい」
さすが私の妹。そう言いながら、姉さんはいたずらっぽく笑った。
不思議なもので、その日から俺は喧嘩にたまに勝つようになった。成長期に入って、身体がどんどん変わっていくのがわかった。次第に、俺が喧嘩に負けても「わざと負けてやっている」との噂まで広がった。興味半分で始めたバスケットボールにのめり込む頃には、女っぽいなど言われる面影もなかった。
中学一年生になった小春は二ヶ月で学校に行くのをやめた。何てことはない部活メンバーからの嫌がらせ。もしかしたらイジメだったのかもしれない。そんな灰色のラインの中での絶え間ない無言電話と、無意味な陰口に疲れたのだ。
登校を拒否すると、もとからの奔放{ほんぽう}さも助けて、小春は猫のような日々を過ごした。
そして、俺が中一、小春が中二の時。十八才の誕生日を一ヶ月先に控えて、朝日姉さんが死んだ。交通事故で、下校途中の道路の見通しの悪さが原因だった。家族の誰もが憔悴{しょうすい}し切った。そんな中で、朝の光を失った春のような猫は確実に衰弱していった。
あの日から半年近く、小春は泣いて、放心して、吐いた。唐突に訪れるその吐き気は極度のストレスによるもので、家族の誰もがその原因を知っていた。だからこそ、力になれると信じて疑わなかったし、小春が高校に行ったことで希望は確信に変わっていた。でも、もしかしたら誰も理解などしていなかったのかもしれない。
俺にそんな警鐘が聴こえてきたのは、高校三年生になった小春がまた学校に行かなくなってからだった。
「駿太郎{しゅんたろう}」
部室を出ると、香坂{こうさか}先輩に声をかけられた。先輩は同じバスケ部員で、ポジションはスモールフォワード。猫目が特徴で、手足が伸び伸びとしなやかな様は一本の木のようにも思えた。面倒見の良い先輩だったけど、それ以上に小春と付き合ってることから話す機会も多かった。
「チスッ、お疲れさまです」
「お前、スイッチ上手くなったな」
「……どうしたんすか、先輩」
「その先輩が褒めてんだから、素直に受け取っとけ」
ありがとうございますと言って、俺が頭を下げても香坂先輩はため息をついただけだった。しばしの間を頭をかいて誤魔化してから、先輩が口を開く。
「小春、どうだ。様子」
何気ない風を装いたいのがわかった。茶化してみる。
「いいんすか? 俺じゃ、弟から探り入れてんの小春にバレバレですよ」
先輩は笑わなかった。
「むしろその方がいいだろ。メールも電話もなしのつぶてだ。家に行っても、な。いっそお前からネタが流れた方がマシってなもんだ」
そう言って、香坂先輩はやっと笑った。
自嘲気味な微笑が妙に頭の隅に残った。
香坂先輩が言うとおりなら、小春は今日も学校に来ていない。一週間はなかなかに長い。先輩にこそ言わなかったが、そんな時、小春が行く場所にはアテがあった。
「……っとにいるし」
目には自信がある。自分の姉を見間違えない程度には。
たとえそれが銭湯の煙突の天辺でも。
夕暮れの春州{しゅんしゅう}街道は人影が全くない。海沿いで、風が強い上に、不況のあおりで廃墟ばかり並んでいるからだ。時折、強風を気にしない大型トラックが轟音とともに走り抜けた。自転車が揺らいだ。
銭湯はだだっ広い駐車場の先に夜を迎える影を落としていた。朽ちた立ち入り禁止のロープを踏みつけて、自転車を建物脇にとめる。
煙突はこの銭湯の目印代わりで、今では廃墟の証のようにも感じられる。コンクリート製の無愛想な姿を支えるように鉄骨が矢倉のように組まれている。かつてはペンキで木目調にもしていたのだろうが、潮風ですっかり剥がれ落ちていた。
見上げると妙に縮こまった小春が見える。
「ねえちゃん!」
驚かせて落ちでもしたら……そんなことが頭をよぎったが、びくりともしない。かといって俺は高いところは得意じゃない。出来るだけ間延びした声で呼びかけた。
「おおいっ。コハルー! 聞こえてるかー! つか気付けー! こら、返事しろ!」
小春がもぞもぞと動いた。
「聞こえてるよー。どしたー?」
どうしたもこうしたもない。そう言ってやりたかった。でもやめた。猫に怒鳴ったってどうしようもないのだろう。
「晩飯だってよ! てかお前、そこ登んなっつーのが……、あぶねーだろ!」
「あーはいはい、寒くなってきたから降りようと思ってたとこ」
気だるげに答える。
慎重に鉄塔を辿る小春を見ながら、鉄の梯子に触れてみる。ここもやはり潮風で傷んでいた。
「……こんなところ登ってんのかよ」
梯子に手をかけた小春に叫んだ。
「気をつけろっ。梯子握り損ねんなよ!」
「何度も登ってるから大丈夫だって」
「そういう自称中級者が一番ミスるんだよ!」
「うるさいって」
リズム良く降りてくる姿には確かに自信がうかがえた。そう思った途端に、小春の身体が大きく揺らぐ。梯子を掴み損ねたようだ。心臓が大きく一つ鼓動した。
「危ねえっ! 気をつけろ馬鹿!」
頭をぶつけたのか、小春が片手で額をさすっている。その様子を見てやっと声が出た。背筋が冷え切っていた。
一応、気をつけているのか、先ほどのリズムの良さも少し鈍った。一メートル程の高さになったところで跳躍。膝の屈伸を活かして着地。束ねていない髪が広がって、そんな姿が本当に猫みたいだ。
「もうやめろよな、こんなところ登るの」
「やだ」
即答。ため息をつく。
「やだじゃねえだろ。ガキかっつの。あんなとこ、落ちたら死んじまうぞ」
「死ぬとか言うな」
いつにない真剣な声が俺を射抜いた。もし目が合っていたら、本当に動けなくなったかもしれない。
「……ああ。ごめん」
「いいよ、帰ろ」
伸びをして小春は歩き出した。
「で、小春はどうなんだ?」
夕食の席で親父が口を開いた。お袋も食事の手を止めて、俺を促す。
夕食はピーマンの肉詰めと焼き魚と豚汁と混ぜご飯。ここのところ小春は食事を一緒にとろうとしない。自分の部屋で、俺の持っていく食事を食べているはずだ。少なくとも庭や、ゴミ箱には捨てていないはずだった。
「どう、て?」
「今日も学校に行かなかったんだろ」
「らしいね」
小春は一応、外へ出る。だから引きこもってはいない。本当の登校拒否だ。
「どこにいたんだ?」
「……海の近く」
あの銭湯のことは言いたくなかった。あそこに小春が登った理由が少しわかっていたからだ。あの鉄塔は、前に朝日姉さんが登った場所らしい。俺自身が聞いたわけじゃない。まだ小学生の頃に小春から聞いた話だ。
十七歳になった小春が登ったことに、俺は言い知れぬ不安があった。口に出したくはない不安が。
お袋がため息をつく。
「あの子も高校に楽しく行ってると思ったのに」
それは当たっていると思った。小春は少なくとも嫌々、高校に通っていたわけではないと思う。思いたいだけかもしれない。
「でも、ねえ。もしかしたら、てこともあるし」
「ああ……」
両親が考えている「もしかして」が中学の頃の嫌がらせのことだと気付かないほど俺は鈍くなかった。
「それはねえと思うけど……」
そう言ってみたものの自信は無かった。ここ最近の小春に関して、自信を持てることなどほとんどなかった。
親父が茶を一口すすって、真剣な顔になる。
「通信とか、単位制の高校も見てもいいかもしれないな」
親父の言うことにお袋も小さくうなずく。
「そんなに焦らなくってもいいだろ」
「私たちだって、焦ってるわけじゃないのよ。でも小春が何を考えてるのか言ってくれないうちに何か起こるなんて嫌なのよ」
「だから、そういうのが焦りっつってんじゃん。もしかしたらねえちゃんだって、そういうことで傷ついたりしてんのかもしんないだろっ!」
不思議と声が大きくなった。
「でもな、もう学校休んで一週間だろう? 話してくれるまで待ってようと思ったがな……。未だに理由もわからないし、お前にだって話してないんだろう?」
「……そうだけどさ。でも、そういうのって自分でとことん悩むべきことなんじゃねえのかよ。だって、自分で解決しなきゃねえちゃん絶対納得しねえよ! だから俺らは待って……」
「だけど一週間よ? 学校にもちゃんとした理由を言わなきゃ。駿太郎だってわかるでしょ。それに、イジメられてるのなら話してほしいのよ。私達は」
割り込んだお袋の声も自然と大きくなっていた。そのはずだ。だってお袋は日中、ずっと家にいる分、不安ばかり溜まっていくのだろう。
でも、俺には反論するしかなかった。物分りの良い長男だって、たまには喧嘩もする。
「一週間、一週間て、うるせーな! 一生のうちの一週間くらい悩ませろよ。多分、今ねーちゃんは悩まなきゃいけないんだっての。それに、ねえちゃんはいじめられてる訳じゃねーよ。多分、だけど」
「多分、てなあ。推量だけで適当なことを言うなよ? お前だって、もしもの時のことはしっかり考えておかないと……」
「ああ、もう! うるせえなあっ! 黙ってろって!」
このひと言は明らかな敗北宣言だ。
親父も、親に向かってそういう口をきくんじゃない、と言ったけれどそれ以上話を続けようとはしなかった。
わかるのだ。俺には両親の思いが。どうしようもないほどに。一姫二太郎とはよく言ったもので、うちは朝日姉さんがどうしたって大きな存在だった。小春だって、もし朝日姉さんがいたら……そんな、たら、れば、を考えれば考えるほどに俺達は歯を食いしばるような思いになるのだ。
あんなに大好きで、今でも大好きな姉さんがまるで亡霊扱いだ。
俺は茶碗に残っていた飯をかき込んでその考えを振り払った。
小春の登校拒否から、さらに一週間がたった。
部活帰りに玄関先の教師や、小春の同級生を何度か見かけた。きっと、小春の携帯電話は今頃、かつてないほどの着信数を告げているのだろう。
そして二週間目、小春は制服に袖を通した。
そしてそのまま学校に来なかった。
昼休みに香坂先輩に呼び出されて、まさか、という思い以上に、やっぱり、と思った。
「お前、どこに行ったのかわかるのか?」
「もしかしたら、ですけど。はい」
「俺に行かせてくれないか?」
先輩の真剣な声だった。この人に行ってもらいたい。そう思う半面で、どうしようもないほど抗いがたい思いがあった。
「……すんません。先輩」
そのまま俺は駐輪場まで走った。先輩の顔は見なかった。困っていただろうか、笑っていただろうか。でも、どうしたって怒った顔が想像できなくて、この人のすごさを知った気がした。
自転車で走る春州街道は昼でもやはり閑散とした様子は変わらなかった。銭湯の廃墟ぷりも何も変わらず、まさか煙突の上の人影まで同じとなると、既視感すら湧いた。
昼を少し過ぎた頃。太陽は高いけれど風は強い。廃墟のみすぼらしさや、不気味さも太陽の下では何故か潔く感じる。煙突の根元まで歩いて、見上げると赤茶けた鉄塔が空の青さを際立たせていた。
見るからに暇そうな小春がうずくまっていた。時折、思い出したように腕を大きく振る。遠くでトタンがコツンッと音を立てるのが聞こえる。暇を紛らわしているようだ。
「どうしたー」
本当にやることがなくなったのか、小春がこちらを見ていた。
「だからそんなとこ登るなっつーの」
腰に手を当てて、呆れて叫ぶ。
「放っときなって」
ため息。
「それじゃあ俺も登る」
「なんでよ。やめときな、あんた高いところ苦手でしょ」
小春の制止を無視して俺は錆びた鉄梯子を握った。
そうだよ。高いところなんかごめんだ。わかってるならそんなところに登ってくれるなよ。
考えてみれば、小春は昔から何かにつけて登ることが好きだった。朝日姉さんもそういうことが得意で俺はいつだって置き去りだ。いつだってそうだった。でも、いつも、なんて嫌だ。たまにはこういうことに挑んだっていい。たまには勝ってやったって、いい。
自分の気持ちを黙らせて、俺は一歩一歩空を目指した。
「恐えっ! 高すぎだろうがよ!」
小春のいる頂上まで登りきって、俺は鉄塔の骨組みを掴んだまま叫んだ。
「こんな所に好き好んで登るとか……朝日姉さんも、姉ちゃんも馬鹿だろ! マジで! つかここ、風、強っ!」
小春が面倒そうに、あーもう、と呟いた。
「うるさいな。いいから座りな。風に煽られて落ちるよ。あ、座ると制服汚れるけどね」
「ねえちゃんとこだけ綺麗なってない?」
黒く煤けた、コンクリートの煙突の縁の一部が元の灰色をのぞかせている。
前に掃除したから、と簡単に小春が言った。
俺は別に制服が汚れるのを気にせずに腰を下ろした。
いつも見るより海の迫力がぐっと引き上がっていた。遥か沖に停泊するタンカーが見える。水平線は妙にぼやけている。目を閉じても、開いていても世界中が見渡せるような錯覚が大きく深呼吸させた。
「ねえちゃんさ、大丈夫?」
「何が?」
「いや、なんつーか……。ここに登ってさ、朝日姉さんのこととか……」
「んや、別に悩んでるわけじゃないよ」
小春は前を見たまま、短く答える。
「そっか」
少しの間があった。
「ただ、考えてるだけ。お姉ちゃんが、死んだの十七歳でしょ。私も十七になって、それから二週間前に初めてここ登ったの」
「うん」
小春が話すのを待った。
「……何考えてたのかなって思ってさ。お姉ちゃん」
小春はそう言って、足元を指差す。雨風を少しは避けられるかという小さなくぼみに、スプレーされたペンキ。そのペンキの上に極太のサインペンで誰でも読めるはっきりとした字があった。
朝日姉さんの字だった。
くっきりと書かれた姉さんの誕生日。その下に二つの忘れたこともない誕生日が綴られていた。
「朝日姉さん。ホントに登ったんだ」
「うん」
「こいうのって普通……自分の名前とか、登った日だよな」
「そうだよね」
「……よりにもよって、俺たち三人分の誕生日かよ」
声が少し震えた。小春に見られなくて良かった。朝日姉さんらしかった。俺たちの名前を書かなかったことも。こんなところに誕生日なんか書くところも。
確かに姉さんがここにいたんだという実感が海風のように吹き込んだ。
「仲良かったから、あたし達」
「俺は喧嘩ばっかだったな」
「負けてばっかり」
少し小春が笑った。
「そうな。負けて、泣かされて、帰って朝日姉さんとか小春と話して……」
「うん。話してばっかだったよ。中学入ってからもさ。私、不登校で、朝日姉さんとシュンとしか話してなかったもん」
お父さん達が仲間外れだもんね。そう言って、小春は俺を見た。
「でも、あんたはもう背も大きくなった。ガタイもよくなって、バスケだってうちの高校のエース筆頭」
「姉ちゃんだってあの頃に比べれば友達もできたし、彼氏もいんじゃん」
「大きくなったねー」
のん気に話す小春。でもこうして話すのも久しぶりな気がした。
「まあ、うん」
「でもさ、お姉ちゃんやっぱり心配だったのかねえ。私たちのこと。こんなとこに書いちゃうほど。お姉ちゃんどんなこと考えてたのかな。いっつも私たちの心配ばっかしてたのかな」
「そんなこと……ないだろ。朝日姉さんだって普通に高校生やってたよ」
俺の言葉に小春は肩をすくめる。独りでこんな所に登るのが普通の高校生とは思えないのだ。俺だってそうは思う。
でも、空を眺めながら俺は考えてみた。現に目の前にいる。傍から見れば、普通の女子高生が「こんな所」にいる。あまりにも孤独過ぎるこんなところに。
風がぼおっといって俺たちの間をすり抜けてた。
「俺は朝日ねえさんのこと好きだった」
気付いたら言葉が口をついて出ていた。
「え?」
「だから朝日姉さんだって俺のことが好きだったと思う。姉ちゃんだって朝日ねえさんのこと好きだったろ?」
「大好きだったよ」
しっかりとした口調で小春が答えた。
「だったら、朝日姉さんだって姉ちゃんのこと好きだったんだよ」
小春がよくわからないという風に首を傾げる。
「だからこの誕生日は姉さんの心配の種じゃないってこと。ただ、そうだよ、ただ俺らが好きで書いたのかもしんないじゃん。少なくとも俺の覚えてる朝日姉さんは吐き出せないほど心配を溜め込むような人じゃなかったよ」
なんの確証もないあてずっぽうだ。親父の言うとおりだ。推量と、適当さ。 でも、「もしも」だったらいくらでも考えるよ。
「だから、さ。なんつーか、姉ちゃんが心配するなよ。だって、姉ちゃんだって十七歳なんだろ?」
最後の言葉の後にしばらく小春は口を開かなかった。
しばしの後に肩をストンッと落とすように短く息を吐いて微笑んだ。
「ばーか。そんなの知ってるよ。なーに、後から登ってきてわかりきったこと言ってんだっつーの」
軽く頭を小突かれる。小春の目を見れば抱えているものがスッキリ綺麗になくなったわけではないことはわかった。
でも、今はこれで上出来だと感じた。だって、こういうことはとことん悩むべきものなのだ。それこそ一生を使ってでも。
小春は風に吹かれるままだった髪を簡単に束ねた。かつての朝日姉さんとそっくりで、まったく違う十七歳の姉がそこにいた。
「でも、ま、あんたが弟でよかったわ」
不意の言葉にみっともないほど動揺した。
「な、なんだよいきなりさ」
「照れんなって」
またしても、軽く小突かれ、ついでに頭をグリグリとこねられる。
「照れてねえよ! つか馬鹿じゃねーの」
憎まれ口なら弟の特権だ。小春が笑うのにつられて、俺も笑った。空を見上げたまま、過去に残された俺たちの誕生日に手を重ねる。
「さみーなここ!」
「そうだねー。でも気持ちいでしょ」
俺の言葉にニッと笑って答えて、小春が大きく伸びをした。
「最っ高!」
心なしか今日はいつもより暖かかったりするのは勘違いなんかじゃないはずだと、そう思った。
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