化粧液

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 五段階塗り重ねることで綺麗な肌をつくるという触れ込みの化粧液を買った。

 化粧台の前に腰をおろし、しばらく五種類の液ビンを見つめていた。五回塗るのは手間だけれど、

これでつややかな美肌がよみがえるのなら安いものだ。 しかし、五という数字には違和感を感じた。

何故五回も。 使いはじめならまだしも、継続的に塗るということなら、挫折してしまうかもしれない。 これは商品的に成り立つものなのだろうか。 それとも、そのような疑問を払拭させるほどの変貌をもたらしてくれる代物なのだろうか。 いや、どちらにしろ使いたくなくなったら返品すれば良い、そういう触れ込みなのだ。

 まずは、‘1‘と書いてある乳液の入った、比較的小柄な液ビンを手に取った。

手のひらに3滴落とし、ひんやりとした触感。 ほっぺたからつけてみる。 いかにも乳液といったすべすべ感である。 塗り終わると、爽快感が身を襲う。 こうした一連の感覚は飽きを防止するのに一役かっているに違いない。1のビンを元の箱にゆっくり割れないように戻して、2のビンを手に取った。

 次は、‘2‘の液ビン。 液体は黄みを帯びた乳液だ。 肌に良い成分が入っているという説明だった。 そういえば、私にこの五点セットを勧めた30代後半の女性は綺麗な顔をしていた。 たとえるなら、パールのようだった。

2のビンからどろりとした液を手のひらに落とし、顔に塗った。1と同様の動作を終えた後、何故だろうか、気分が高揚してきた。 美への期待だろうか。 何にせよ気分が良い。

 意気揚々と‘3‘のビンを手にする。 ビンの中身は透明なサラサラとした液体だった。 化粧液特有の例えようもない、そのものの臭いが漂う。 ススッと塗りぺたぺたと塗りこむ。 そこへ更なる精神の高ぶりが私を襲った。

腹のそこから謎の笑気がせり上がってくる。 それは、胸で渦巻き、‘ふ‘と‘ん‘の中間のような声が漏れ始めた。 んふんふんふんふ。 鏡には奇妙な笑みを浮かべる私が映っている。 おもしろぉい、たのしぃ―。

 自分の意思でそうしているのか、本能なのか、それとも狂気なのか、訳が分からなくなった。 いつの間にか

‘4‘を手にしていた。 すりガラスのビンの中身はけばけばしい緑色をした不健康そうな液体だった。 彼女が手渡した説明書にこんな液体は描かれていなかったはずだが、これはいったい。 ビンの中から酸の臭いが漂ってくる。 その液体を手に滴下した私の脳内にはほとんど理性というものが存在していなかった。 手は明らかに酸の効力に侵され、瞬く間に赤みを帯びてきた。 その赤は私の肉が露出したためのようだ。 んふんふといった狂気の笑からひぃという悲鳴が断続的に流れ出した。 このような状況にもかかわらず、私は躊躇することなく、顔にそれを塗りたくった。 無我夢中で塗りたくった、熱い。 どのくらい塗り続けただろうか、私の顔はむちゃくちゃになった。

 放心状態。 何故か先ほどまでの狂気に満ちた笑は収まった。 私は徐々に理性を取り戻し始めた。 私は、

鏡に映る私のようなものに釘づけになっていた。 どうしたらよいのかもわからず、ただ、醜くなってしまった私の顔を見ていた。 そこで、ふと販売員の女性の言葉を思い出した。 「5番までちゃんと使ってくださいね」

そのときの私は、今思うと、あまりの非現実的な現実の惨状を目の当たりにして気が狂っていたのかもしれない。 すがるような思いで五番目の液を顔に塗りたくった。

 五番目の化粧液を塗ると、なんと、例えるならパールのような美肌が思いがけず手に入った。なんだこれは。

 その後すぐに、その化粧品の会社から電話があった。

「お試しいただけましたか」 試した、しかし―。

「ええ、ただ、最後の液体これは・・・。」

「ええ、わが社が開発したナノマシンと万能細胞を独自の製法で液状にしたもので、あらかじめプログラムしていた美顔を作り出すことが出来るのです」 どういうことだろう、プログラム?ナノマシン?

「そうですか、でもこれじゃあ元の私の顔はどうなるのですか?」

「満足していただけませんでしたか?」 満足?有り得ない。

「え? ええ。第一これでは販売員の方と同じ顔で気味が悪い。」

「そうですか、では仕方がありませんね。返品の仕方を説明いたします。」

「え? ちょっと、この顔はどうなるんですか?」 

「はい? いや、元の顔が酸で破壊された以上元に戻すことは不可能です。」

「あの、それでは無責任過ぎませんかね?私にこのまま一生この顔で過ごせと?訴えますよ?」

「ああそれなら心配要りません。その顔なら一週間ほどで自動消滅しますし、訴えようにもその顔では人前には出られないでしょう。何せ、ヒルの巣みたくただれるんですから。ははは。」

私は、怒りよりも前に、取り返しのつかない事態に巻き込まれたことへの恐怖で顔面蒼白だった。

「どうすれば・・」

「うちの商品の宣伝部に入社してくださればそれなりの対応はしますよ。」

 こうして、私は何の抵抗も出来ず、仕方なく化粧品の宣伝部に入った。 皆同じ顔をしている。

ノルマを達成しないと劣化を防ぐ‘6‘の液をもらえない、誰か助けてください。

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