イカと牛とねこと。

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 俺は誰もいない教室が好きだ。

しんとした無人の教室は心地よくて、授業や、休み時間のうるさいくらいの騒がしさもない。

ただ、グラウンドの運動部の掛け声を遠く聞きながら、放課後の教室でぼんやり過ごす。

そもそも部活は高校3年ってことで夏には引退したし、所属している委員会も頻繁な活動があるわけでもなく、メインは2年1年に譲ってるしで、こうしていられるわけだが。

3年であるなら受験や就職活動で忙しいだろうといわれるが、俺の場合は早いうちに大学の入試が済んで、クラスの奴らが慌ただしくしているなか、見ての通り「余裕かましてる」状態だ。

授業もいわば日数消費のためと言ってもいいくらいで…

「善之ーっ!」

俺の思考を遮る様な、能天気な声が耳に飛び込んできた。

声の主は教室の入り口から、真っ直ぐ俺の席までやってくる。

いちいち確認しなくても、俺の静かな時間を容赦なくぶった切る奴はこいつしかいない。

幼馴染で幼稚園からの腐れ縁の真菜だ。

真菜は俺の席の前の椅子を引っ張ると、俺と向かい合うように椅子に座る。

もともと小柄で、童顔なせいか真菜は高校3年というより中学の1,2年くらいにしか見えない。

「善之、やっぱり教室に居たんだね。」

ニコニコしながら真菜は俺を見上げてくる。

「まあな。」

短く返した俺に、真菜はぷぅっと頬を膨らませる。

そっけないなぁ、と呟いた真菜だったが、すぐに本来の目的を思い出したのか、何か重大な秘密を知ってしまった子供のように嬉しげで、それを明かすのが楽しみでありながらもったいぶるような表情に変わる。

「ねえねえ善之。わたしすっごいこと見つけたんだよ。」

そう言って見上げてくる真菜の目は「聞いて聞いて、はやく聞いて。」と訴えかけてくる。

小さい頃からの付き合いだ。その目は俺が「それはどんな話だ?」と聞くのを今か今かと持っているのだろう。

…だが断る。

「おまえ、早く帰らなくていいのか?」

わざと気付かないふりをすると、真菜は「もー!」と俺の制服の袖をぐいぐい引っ張る。

「きいてよー!」

子供か、お前は。

まるで親にかまってほしい子供みたいに見える様子に、俺は「はいはい、」とうなづき、真菜に向き直った。

「…で、すごいことってなんだ?」

よくわからないが、クラスでは近寄りがたい、とか、クールだとかそういう位置づけをされている俺も、真菜にはペースを崩されてしまう。

「これってすごいよ!あのね、イカって心臓が3つあるんだって!」

「…は?」

真菜の言葉に俺は思わず間の抜けた声をあげた。

きっと顔も、声と負けず劣らずの間抜け面になっていたかもしれない。

「ね!善之も知らなかったでしょ?心臓が3つだよ?つまりは3回心筋梗塞になっても大丈夫ってことだよね!」

いやいやいやいや、待てお前。

心筋梗塞を3回って、心臓の病気は狭心症とか、心不全とかまだ色々あるだろ。

っていうか、3回も同じ病気繰り返す前に病院行けよ!

心の中で突っ込みを入れまくってる俺に、真菜が俺の顔を覗き込む。

「善之、なんか表情がころころ変わって忙しそうだよ?」

「おまえな…。」

お前のせいだよ、と真菜の肩にポンと手を置く。

「…真菜、じゃあ俺がおまえにひとつ教えてやろう。…牛は胃袋が4つあるぞ。」

「え?!」

真菜の目が丸く瞠られる。

単純と言うべきか、わかりやすいというか、予想通りのリアクションだった。

「牛って、4つも胃があるんだ?!それなら4回胃潰瘍になっても大丈夫だよね!」

ってだから、4回も同じ病気になる前に早く病院行け!

それに胃の病気は胃潰瘍のほかにも胃痙攣とか胃炎とかいろいろ…ああ、もうつっ込むのも面倒くさい。

「ん?あ、でも待って。胃が4つってことは4倍食べないとお腹いっぱいにならないよね…。」

「…真菜、何も4つの胃にぎゅうぎゅうになるまで食べなきゃだめってわけじゃないと思うぞ。牛の胃は食べた物を反芻するためにあるんだから、なにも4つの胃を満腹にしなくてもいいんだ。」

「そうなの?」

知らなかった、と俺を見上げる真菜の視線は尊敬の念が込められているようで。

「やっぱり善之は物知りだね!わたしも、善之に負けてられないな。がんばろう!」

そう言って、真菜は椅子から立ち上がる。

がんばろうって、何をがんばる気だ?

喉元まで出かけた言葉を飲み込んで、俺はとりあえず色々と「がんばれ。」と激励してやる。

「善之、そういえば猫って魂が9つあるってホントかな?だとしたら…」

「猫は死んだら死ぬぞ?」

「だよね!よかった、間違えてなかった。」

先手を打った俺に真菜はそうだよね、と笑って。来たとき同様、手を振ると慌ただしく教室を出ていく。

間違ってなかった、って…むしろ間違えるな。

っていうか、間違えようもないだろ!

俺の心の中の突っ込みは、きっと能天気、いや脳天気な真菜には届いていないだろう。

…大丈夫か?俺の幼馴染は…。

思わず遠い目をしてしまった、俺のとある放課後だった。

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